花見をしながら



絶好の好天に恵まれ、散歩がてらの花見に出かけて飯田橋から九段経由北の丸公園、皇居東御苑を巡り、平川橋から出て如水会館で今日はお花見ランチしかないと言うので2千円を奮発、昼飯を食って帰宅。団体や観光客の花見には少し早いようで、さほどの混雑は無くて気持ちが良かった。ただ途中武道館で、法政大学の卒業式にぶつかり大勢の初々しい男女に囲まれた。

男子は全員紺色のスーツ着用で、女子はこれまた一様に振袖に袴姿、色とりどりで素晴らしい目の保養。但し、白足袋に草履履きは2割もいたかどうかだ。彼女等にしてみれば数年前の成人式以来2度目の和装だろうしご苦労なことだ。建物の陰で袴を下ろして帯を締めなおしているのか、母親らしき人が懸命に働いているのを観ながら思ったものだ。昨今は自他を問わず婚礼でさえ和装で行く人女性は少ない。2次会が常識の現代では面倒すぎるのだろう。

いつだったか和服のレンタル屋が倒産したことがある。当たり前かもしれぬが、
代替する商品が廉価大量に供給されると古い商品は実用性を失い、関連企業は市場からの退場を余儀なくされる。和装の女生徒を中心に嬉々として燥ぐ若人を羨ましく思いながら、年齢のギャップを考えずにはいられない。人間は年齢に応じて間違いなく何かが劣化していく。

野球の名選手イチローでさえ僅か45歳にして引退表明せざるを得ない。昨シーズン44歳で選手生命が終わったとしても、他人に真似できない努力で珍しいほど長持ちしたとも言える。人間の体力とか生命力とは一体何であろうか?鍛えなければ成長は無いし、鍛え続けてもどこかでピークアウトする。そもそも体力とは身体の何処に宿るものなのか?筋肉の中か神経の内部か、それすら判然としない。

今日のサンデーモーニングに出演していたプロゴルファーの中島常幸氏はイチロー選手のことを「動体視力が弱ったせいでは?」と言っていた。花の命は短いが、人にしても大差は無いだろう。誰か、身体の劣化についてもっと分かり易く教えてほしいものだ。

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