2019年3月22日金曜日

読後感「日の名残り」カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳

まだ現役の頃、アンソニー・ホプキンス主演の同名映画を観た記憶があるが、大した印象が残っていない。家内の遺品を大量に処分した際にこの文庫本が出てきたので、いつか暇潰しにと思って取り除き本棚に置いておいた。1995年発行の第3刷である。著者のノーベル文学賞受賞は2017年、つい最近のことだから、小説を特に好きでもなかった家内が何故この本を660円も出して購入したか、今でも不思議な思いだ。

私も本はよく読む方だろうが文学作品には特段の興味はない。しかし本書は読み始めると非常に興味深く且つ読み易く、惹きこまれてしまったのが不思議だ。物語は第2次世界大戦終了から10年ほど経った1956年のイギリスの何処か(残念ながらイギリスに行ったことがないので勝手にイメージするしかない)、とある古い館に勤める執事が館の主であるアメリカ人から休暇を与えられ、西方に約2、300キロ程度であろうか、主人の所有する最新のアメ車でドライブ旅行をすることになる。

僅か4泊ほどの短期旅行だが、この間主人公の一人語りで種々の思いが綴られる。実はこの主人公は現所有者が館を引き取る際に、前所有者から館ごと引き取られている。前所有者は前世紀から200年近く続いた名門のエリート、階級への言及は無いが、主人公の執事がイギリスでも指折りとなれば想像に難くないだろう。執事なる職業は日本にもあるのだろうが、番頭さんとも少し違うようだし、戦後育ちの小生にはイメージが難しい。

兎も角主人に仕え、主人の名誉を守ることを第一義に考えることが習い性となって初めて執事たりうるらしい。イギリスに於いても2度の世界大戦を通じて世の中は大きく変化したようだ。この主人公は美しい田園地帯のドライブ旅行をしながら第1次大戦前の古き良き時代を懐かしみ、その終了によって社会の価値観が大きく変わってしまったことを残念がっている。

民主主義国家の代表とされたイギリスでも、社会の安定は階級制度で保たれ、正義はエリートによって実現されていたと信じる主人公。しかし、選挙制度なる不思議な制度が導入された結果が果たして、果たして真の正義の実現に近づいたのかどうか、田舎町で出会う人々や昔部下と言うか同僚であった女中頭との邂逅を通じ、会話の端々に思いを載せる。流石1950年代生まれの筆者だけに、現代社会の問題点をさりげなく示している。


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