世界の中の日本

日本ではあまり大きく取り上げられなかったが、11日にヨーロッパで行われた第1次世界大戦終結100年の記念式典は欧米の各国が大きく報道している。英国の式典も大々的なものだったが、これは主に国内行事的色彩が濃かったのに比べ、パリでの行事は世界中から当時の敵味方の恩讐を超えて70か国以上の首脳が顔を揃えている。残念なことに第一次世界大戦に参画して漁夫の利を得た日本からは麻生副総理が出席と伝えられたが、その姿かたちは映像や写真で全く確認できない。

フランス・マクロン大統領ははこの式典に引き続いて「パリ平和フォーラム」を開催して、「大戦後に誰もが平和を誓ったが、ナショナリズムや全体主義の高まりが2度目の大戦を生んでしまった。」と振り返り「歴史は繰り返す時がある。愛国主義はナショナリズムとは正反対の位置にあるものだ」とし、欧州など一部でナショナリズムが高まる兆候があることに危機感の共有を呼びかけている。式典にはトランプ大統領夫妻も参加していたが、アメリカ一国主義標榜のせいか、流石にフォーラムは欠席したようだ。

このニュースを何度も見せられて思うのは、日本の存在感の薄さだ。欧米敢えて言うが先進国の間では仕方ないとしても、今朝報道されているシンガポールで開催されたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)閣僚会議に出席した世耕経産大臣の写真もそうだ。大勢いる閣僚の一番左隅に写っている。写真の立ち位置で早急な判断は良くないかもしれぬが、会議に入る際に毎度のことではあるが胸を張って偉そうな受け答えをしていたことを思い浮かべると、発展途上国からも内心バカにされているのでは心配になってきた。

我が先祖が丁髷を結ってた時代から外国で戦争を繰り返し、勝ったり負けたりてきた歴史を持つ国の首脳と比べては可哀そうかもしれぬが、戦争と平和の意味も分からず国民に対して薄っぺらな発言を繰り返す我が国首脳、戦没者の慰霊の在り方等、言いたいことは山ほどあるが今日はやめよう。代わりに己のことだけ。昔日本テレビ系列で放送されていた「世界の中の日本」と言う番組の企画に関わったことがある。当時通産省OBとして結構世に知られていた作家の堺屋太一氏(番組のメインキャスター)の事務所に足しげく通ったことを懐かしく思いだした。

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