老後の楽しみ

安倍総理は今どんな心境でいるのだろう?63歳とのことだから、やりたいことはまだ沢山あるかもしれない。その気になれば何でもできる人の心境を思ってみたいのだが、こればかりは想像の域を超えていそうだ。昨日親しかった人のホーム入りを聞き、未だに様々な思いが去来している。既にやりたいことは無いと思いたい年齢に達しているから当然だ。

そんな調子だから、このように毎日のように人様のこと論って書くことが、数少ない楽しみの一つとなってしまった。昔から年寄りは小言ばかり口にすると決まっているが、この習慣はまさにそれを絵にかいたようなことではないか。まだ身体もそこそこ動くのだから、もう少し社会に貢献するようなことが出来ないものか思案したくもなる。

だがしかし、その気になってわさわさ動いても碌なことにならないだろう。先日の同期会で聞くと、老後の楽しみは本当に多種多様。しかし、個々人的にはそんなに沢山のことは出来ない。同期生の多くは第一線を退く頃から、趣味を絞り込んで快適な老後楽しんでいるようだった。みな嘗ては田舎で神童とうたわれたような子供だったに違いない。しかし誰一人政治家になって日本をひっくり返そうなんて思った奴はいなかった。

或いはいたかもしれぬが、そういった人間は同期会に顔を出さない。昔アメリカから招かれたクラーク先生と言う偉い方が「少年よ大志を抱け」と仰ったと聞いて育った年代の我々である。人によって「大志」は様々だろうが、少年も末期になったころには「せめてなりたや親父程度」が良いとこだったかもしれぬ。安倍総理は青雲の志を得なかった代わりに、3代目の稼業として政治家を選んだ時から、とんでもない「大志」を刷り込まれたらしい。

その「大志」とは日本国総理大臣だったらしい。目出度くその地位について、今や世界のトップリーダーとして世界を引っ掻き回せると勘違いかは兎も角、認識しているのだろう。しかし彼も人の子、どこかでリタイアとか老後を考えなくてはならないと思うが、そんな思いは全く見受けられない。偉いものだと思うべきか、哲学無き人と憐れむべきかは分からない。

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