2017年6月14日水曜日

遵法精神

ここ数か月首相の犯罪が問われているにも拘らず、首相をはじめとする政府はそれこそ一丸となって終盤国会を乗り切る構えを見せている。同盟国アメリカでも大統領の犯罪が議会で追及されているようだ。アメリカの政治の仕組みに関して無知なのでよく分からないが、報道のされ方から推し量ると我が国とは大分様相が違うみたいだ。少なくともトランプ氏の場合は、議会から被疑者扱いされていることは十分認識したうえで「好きなように調べてみろ、宣誓証言も受けて立つ。」と開き直っているように思う。

彼は司法長官に腹心を当てているので強気のようだが、法の手続きは無視していない。一方の我が国を見ると、強気は良いが強気の根拠がよく分からない。政府の態度は「全て法に則ってしていることだから、野党の追及なんか問題ならない。」でやり過ごすつもりのようだ。このやり過ごし方がアメリカと違い、法の手続きを無視しているようにも見える。野党の質問に対し、ある時は嘘をついてでもまともに答えない。政府から見れば、野党の質問は下らないかもしれないが、少数とはいえ野党議員も又国民の代表の一員である。

どう考えても質問を無視することはいけないだろう。政府の側に遵法精神が欠けると見られても仕方がない。そこで思うのは、自分を含め日本人全体の法に関する受け止め方の問題である。「法の最終判断をするのは裁判官」は日米の違いなく大部分の市民が理解できている。ところがその最終判断に頼るまでの経緯が日米では大分異なるようだ。アメリカばかりでなく共産圏を含む諸外国において「法」の権威は著しく、日本は全員が「法」を少し軽く見過ぎているみたいだ。

アメリカにも「赤信号皆で渡れば怖くない」ようなことはあるようだが、対人的に利害の衝突が発生した場合の裁判沙汰は、日本とは比較ならないほど多く、故に弁護士の数が非常に多いことはよく知られている。日本の場合は対人関係の円滑さを尊重するので、法に訴えることは出来るだけ避けることが良しとされてしまっている。一般市民のことはさて措くとして、官僚や政治家が「法」を軽く見るのは如何なものかである。

信号無視に立小便「誰も見ていないから大丈夫」で法律違反だらけなので、総理の犯罪について云々するのは烏滸がましい。内部告発した文科省官僚を法に則り処分ありうべしも結構だだろう。しかし、国会で嘘をつくのは何の法にも触れないのだろうか?

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