2017年4月26日水曜日

「稚気愛すべし」とは言うが

己が小人の極みでいながら他人のことをあげつらうのは問題だろうが、言わずにいられない。現在日本の政治とか経済を動かす中心的役割を担っている人の多くは40歳から60歳前後の人たちだと思うが、ここに大人びた人がいないように見えるのが残念でならない。政治家・官僚でも経済人でも学者にしも江戸時代末期とは異なり、若い時から国家100年の大計を思う人間がいなくても仕方が無い。

どんな家に生まれたにせよ、幼くしては美味しいものを欲しがり、長ずるに及んでそれを手に入れるための学習をするようになるはずだ。学習過程をどう過ごすかが問題になるが、学びの中には個人差があるのは当然のこと。福沢諭吉翁の言を借りれば「生まれながらは平等である筈の人に成長して貧富貴賤の差異が生ずるのは、ひとえにその人がどのくらい学問を収めたかの差である。」とのことだ。

現代は特に多くのことを学ばなくても経済的に富むことが可能になったり、人様の上に立つポストに就くことが可能なので、福沢諭吉翁の意見に個人的に同意しても、賛同する人は少ないかもしれぬ。そんなことは措くとして、人の上に立つ役割になった人、或いは金持ちになってしまった人には、国家のことを考えろとまでは言わない。せめて自分の来し方を振り返って周囲を見回し、この先なすべきことを冷静に考えてもらいたい。

古来、一定の社会的地位についた人間は、それまでの人生と少し異なる方面に目を向けるとしたものだ。中には変な道楽にのめり込む者もいただろうが、従来通りの生き方価値観を変えずに遮二無二突き進む人間はどうしても風格に欠け、大人らしく見えなかったと思う。風格だけ大人っぽくなればいいと言うものでも無かろうが、政府の要人から高級官僚に至るまでこうまで子供っぽい時代は嘗てないように思うのは、単にこちらが年老いたせいだろうか。

正しく老い耄れなので子供っぽいことを否定的に書いてきたが、稚気愛すべしの譬えもある。日本全体で何となく子供じみている人が多いように思うが、子供っぽさにも良いところはあるだろう。しかし官僚や政治家など指導的立場の人たちには、もう少し冷静な大人っぽい判断を示してほしいものだ。

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