AIの進化が凄いらしい

ついに自宅のパソコンが動かなくなって(立ち上がらなくなって)しまった。どう対処するか考えなくてはいけないが、数日は友人の事務所に置いてあるパソコンでブログだけは上げるようにしたい。何れにしても曲りなりに会社を経営していた時代から使い続けていた代物なので、捨てるのももったいない情報が有るかもしれぬが、昨年の引っ越し同様目をつぶって捨て去ったほうがさっぱりするかもしれぬ。これからはネットのお世話になることも減る一方だろうに。

それにしても情報化と言うかIT技術と言うのか分からないが、進歩のスピードは恐ろしい。まさか生きているうちに、プログラム化された囲碁ソフトにプロ棋士が負ける時代が来るとは思わなかった。19×19の交差点に白黒2種類の石を順番に置いて囲った交差点の多少で勝敗を決める単純なゲーム、この変化は361の何乗かで、それは全宇宙を埋める砂粒と同じ。或いは現在世界で開発されている最速のコンピュータをもっても計算不能と聞いて納得していたのがつい10年かそこら前のことのように思う。

昨年googleが開発したソフトが世界最強と言われる韓国人棋士と勝負して確か4勝1敗と記憶する。このソフトが益々強くなっていることが今年になって明らかにされたが、日本のソフトもこれを参考にしたソフトが開発され、プロ棋士と互角に勝負できるようになっている。ある意味で喜ばしいのかもしれぬが、考えようでは味気ないと言ってはいけないか?今日は今日とて、脳梗塞になって壊れてしまった筈の脳細胞の中に復元機能を持つ細胞が生き残っていることが発見されたとの報道もある。

細胞の初期化よりは大分ましかもしれぬが、科学技術もどこまで進歩すれば気が済むのか?人間能力の限界に挑戦することは尊いかもしれぬが、個人的にはとてもそんな気になれない。風邪もひくし、引いたらお医者さんに頂いたお薬で塩梅良くして頂ければ十分である。そのうちには脳梗塞とか心筋梗塞とか、或いは癌なんかで「ハイそれまでよ」てな時期も遠からず来ると思うが、それも致し方あるまい。

日本の歴史は1500年以上前まで遡れるらしいが、先日少し書いたように600年近く前に書かれた物語を読んでみても、人間そのものの理性や感情がそう進歩しているようにも思えない。それが自然で普通なんだろう。いつの世にもずぬけて頭のいい人がいるが、その人のお陰でロボットに介護されたり、ロボットに慰められたりしながら生きながらえても仕方ないと思う。

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