マスメディアの矜持

自分自身だいぶ怪しげな文章を書き綴って公開しているので他人のことを言えたものではないかもしれぬ。しかし苟も国会での議論くらいは正しい日本語を使うように心掛けてほしい。当然ながらマスコミでしゃべる人も同じである。政府が南スーダンの内戦について、「戦闘ではないが衝突があったと承知している。」なんて意味不明の言葉を発したら、使った人間の無責任さを放置してはいけない。誤魔化しを徹底的に究明する矜持を持つべきだろう。

安全と強弁する南スーダンに送り出す自衛隊員に、なぜ十分な訓練を積んだ警護要員を同行させる必要があるのか。勿論危険であることを政府は十分承知して、その場を口先だけで取り繕っているだけのことだ。嘗て日本が戦争を「事変」と言い換えてずるずると大戦に引っ張り込まれ、挙句の果てが撤退を転戦、敗戦を終戦と誤魔化さざるを得なくなって、国民に大変な不幸を強いたことをよもや忘れてはいまい。マスメディアは言葉をもっと正確に使い、政治家にもそう要求すべきだ。昨日も書いたばかりだが、マスコミの責任は大きい。

昨日と同じことをくどくどと上書きしたのは、今朝のTBS「時事放談」である。普段は比較的興味深く観ることができる番組だったが、よりも寄って菅官房長官と先の都知事選で落選した増田寛也氏だった。官房長官が放談できるはずもなかろうが、幇間もどきの人との座談はちと酷すぎる。確かにここ何回か民進党の若手議員などをゲストに呼んでいたので、与党から何か聞こえてきた可能性はあるかもしれぬ。同じTBS昨晩の「報道特集」はスーダン問題について伊勢崎賢治氏のかなり突っ込んだ意見も紹介していたのに、折角の日曜の朝が台無しになった。

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