長ずるに及んで世界的なアマチュアスポーツの祭典であり平和の象徴で、近代オリンピックがフランスのクーベルタン男爵の提唱で始まったのが僅か100年ちょっと前(第1回は1896年のアテネ大会)のことだからそんなに古いことではないこと。夏冬とも4年ごとの開催で、実は日本も我が誕生年の1940年に開催される予定だったが、世界中に戦争のきな臭さが臭い始めて急遽中止されてしまったことを知った。お蔭と言うのも変だが、実際にオリンピックを始めて知ったのは高校生になってから、1956年のコルティナダンペッツォ冬季大会で猪谷千春選手が入賞してからだろう。
詳しくは記憶していないが、終戦後暫くは日本が出場できなかった大会もあった筈である。そりゃそうだろう、なんたって当時の日本は世界中から犯罪者扱いされていたのだから。それが暫くして大学生になってから行われたローマ大会の頃に前述のオリンピック精神なるものが脳裏に刻まれ、卒業後暫くして行われた東京大会で、三波春夫の「オリンピック音頭」(正確には「東京五輪音頭」と言うらしい)につられて、オリンピック開催の意義をはっきり意識することになった。
自分もどうやら半人前とは言え社会の一員、日本も世界の平和を乱した前科者から更生したことを認められたとの思いである。あれから半世紀一寸、綾小路きみまろではないが、50年も経つと人間も社会も随分変わるものだ。次のオリンピックは2020年の東京開催が決まっているのはご承知の通り。第32回にあたるそうだ。どう考えても次の歌詞ような気持にはなれない。
ハアー (ソレ)
あの日ローマで ながめた月が
(ソレ トトントネ)
きょうは 都(みやこ)の 空照らす
(ア チョイトネ)
四年たったら また会いましょと
かたい約束 夢じゃない
ヨイショ コリャ 夢じゃない
オリンピックの 顔と顔
ソレトトント トトント 顔と顔
ハアー (ソレ)
待ちに待ってた 世界の祭り
(ソレ トトントネ)
西の国から 東から
(ア チョイトネ)
北の空から 南の海も
越えて日本へ どんときた
ヨイショ コリャ どんときた
オリンピックの 晴れ姿
ソレトトント トトント 晴れ姿
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