2016年3月20日日曜日

読後感『ボローニャ紀行』井上ひさし著

著者が亡くなってからもうだいぶ経つ。同じくらいの生まれかと思っていたが調べてみると、6歳上で物故されたのは2010年満75歳だった。何十年も前に大ベストセラーとなった「吉里吉里人」を読んだ記憶はあるが、風変わりな小説で、ぶ厚かったことぐらいしか覚えていない。著者についても、原稿の字が几帳面で1字書き間違えると初めから書き直すエピソードがあったこと、眼鏡に特徴があったことぐらいの印象だ。

従って、書店でこの本を発見しても読むに至ることはなかったに違いない。しかし先週、高野孟氏ののメルマガに出ていた記事で急に読みたくなってアマゾンに注文した。読後の今は著者に対する評価を一変せざるを得ない。なんとなく田舎者で大衆小説作家のイメージがあった著者であるが、なかなかのハイセンス、芸術家としてのグレードもかなり高いと再認識した。それもその筈、上智大学ドイツ文学科と外国語学部フランス語学科の出身で、この紀行を書いた頃はイタリア人女性を妻とされていたようだ。

さて本論であるが、著者は元来ヨーロッパには長期滞在を含め何度も足を運んでいるようだ。その中で、イタリアのボローニャには特に強い思い入れがあって、そこに長期旅行をした際の紀行文である。イタリアはおろかヨーロッパに行ったことがないので地理的には全く不案内、ボローニャなんて地名も知らなかったに等しいが、本書を読むと行ってみたくなる。それだけ上手く書けているということだろう。

更に魅力的なのが、著者の政治的思想が非常に巧妙に表現されていることだ。生前から作家活動の傍ら共産党員としても活動していたことも思い出したが、このボローニャ地方(都市かもしれぬ)は組合活動が盛んであると同時に地方自治を大変大切にする土地柄のようでもある。同時に古来多くの学者や芸術家が集まってきた土地柄でもあり、その歴史を大切にしていることから見どころが多いようだ。

旅行は2003年のことらしいが、時のイタリア大統領ペルルスコーニや日本の内閣(小泉純一郎)を完膚なきまでにこき下ろしている。読んでいても痛快であるが、筆が過去の独裁者ムッソリーニに及ぶと、まるで安倍政権のことを論じているように感じてしまう。とても10年以上も昔の本を読んでいる感じがない。

*高野孟子のメルマガにあった本書から引用は下記のとおり。

「労働者の国」の立憲主義
 イタリア憲法第1条は「イタリアは、労働に基礎を置く民主共和国で
ある。主権は、人民に属する。人民は、この憲法の定める形式および制
限において、これを行使する」としている。

「まずここが労働者の国であること、そして憲法は国家に対する人民か
らの命令書であることが示されています。さっそく注釈を入れると、憲
法が人民から国家への命令書であるのに対し、法律は国家から人民への
命令です。では、憲法が法律と衝突したときはどうなるか。もちろん、
そのあらゆる場合において、憲法が法律に優越します」

2 件のコメント:

信州爺 さんのコメント...


 読後感に共鳴しました。
新婚時代、まるきりのその日暮らしでしたが、やっとの思いで買った中古の白黒テレビで見たNHKの
「ひょっこりひょたん島」のことを思い出しました。井上さんはあの島で何を表現したかったのですかね。
今風に言えば、地方創生のカギはひょうたん島づくりなのかなーと思っています。
それにしても、憲法の主権者を国に置き換えるような現為政者に強い不安を感じます。
 ブログ、いつも楽しみに拝見しています。

senkawa爺 さんのコメント...

信州爺さん
ご無沙汰していますがコメントをありがとうございます。
私はヨーロッパに旅行した子もありませんので、目から鱗の思いで読みました。
著者の政治思想もまさに今日的です。
張り付けてある図書画像は文庫本ですが、私は2007年発行のハードカバーをアマゾンで50円で購入しました。送料を入れても320円でしたが新品同様でした。未読でしたら是非ご購読をお薦めします。