2015年12月4日金曜日

今は亡き「長者」と番付

暖冬ぽい日が続いていたが、やっと北風が冷たく吹く冬らしい日になった。寒さには弱いが、全く無しで済ませる訳にもいかないだろう。友人からは早くも来年2月末のスキー会の案内が届いた。スキーを滑るのは、毎シーズン恒例となっているこの会だけなので、断る理由は全く無い。但し今回からは会期3日のうち、実際にスキーを履くのは2日だけで申し込んだ。山歩きもそうだが、もう歳でもある。元気な仲間も多いが、己についてはよく分かっているつもり。無理はきかないし、今更自分に無理を強いることもない。ただ多くの古い仲間と昔話で盛り上がることだけが楽しみだ。

昔話と言えば、机の近辺を整理していたら面白いコピーが見つかった。多分図書館で、週刊誌かなにかの資料をコピーした時の切れ端のようだ。本体は既に破棄されているようだが、不要と思った切れ端だけが、読みかけた本の栞代わりにでも使ったのだろう、たたまれた状態で、ある本の中に納まっていた。捨てる前に開いてみると面白い記事である。タイトルは『昭和37年5月28日号「現代の顔」に登場した28歳の“鉄人28号”横山光輝』で、漫画家のスタジオ風景である。

漫画の世界は詳しくないので横山光輝氏も余り記憶に無いが、“鉄人28号”は聞いたことがあるように思う。写真に付された説明を読むと、発表されたばかりの昭和36年度の高額納税者公示制度で“画家の部”第3位に躍り出た漫画家、横山光輝の仕事場風景である。所得番付3位となった36年度の年収は970万円(当時は所得額での発表)。とある。

昭和36年は未だ大学3年生、入学時に提出した身上調書に保護者の年収を記入する欄があったので、親爺に聞いたことを覚えている。県庁で総務部長だったから高級官僚の一員だったと思うが、年収約80万円だった。その10倍以上だからかなりの高額ではあるが、当時の日本社会が格差の少ない微笑ましいものに思えてくる。因みに説明に加えられている第1位は洋画家の林武氏で1900万円、2位が手塚治虫氏の1250万円だそうだ。

昔は「長者番付」だったが、所得番付なる言葉さえ今やすっかり鳴りを潜めてしまった。公表することについては異論・反論もあり、実際上の社会的功罪もあったのだろう。しかし「長者番付」には格差の少ない羊羹型の社会をシンボライズするものが感じられる。更に一方で、「長者」の響きには所得が全てではなかった時代、長者に求められる社会的責任を現わしているようで、非常に懐かしさを覚えたしまった。

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