2014年11月30日日曜日

歳末恒例行事

遂に今年も残すところ僅か1ヵ月。明日は納骨式のためにまた長野行。長野行きは今年何度目か分からないが、山にも登らないのに異常に多かった気がする。昼食を食べた隣の飯屋、客が他に一人もいない。店主曰く「もう暮れだ、早くて嫌になるね。今年は何の充実感も無い年だった。」「全く同感だし、来年はもっと暮らしがきつくなりそうだよ。」と相槌を打った。

75歳に喃々として、人生に感激や充実を求めるのは贅沢すぎるかもしれぬ。前立腺癌が見つかったり、兄弟が亡くなったりしたが、そこそこ無事に過ごせたら、満点と感謝すべきかもしれぬ。昨日から今日にかけて、元スタッフの協力を得てあれやこれやと年賀状作りで過ごす。どうということは無いのだが、微妙な修正を繰り返すのが一つの楽しみ。やっと意見の一致を見てホッとした思いだ。あとは喪中案内の到着を待って名簿ソフトを修正すれば、一気呵成に180枚前後の年賀状が出来上がってしまう。プリンターのインク切れだけを想定して備えれば万事OKだ。

心入れが薄いと非難されるのは承知の介だが、長年の我が家の伝統でもある。父の年賀状は毎年「謹賀新年」の4文字だけだったように記憶するのだが、都合よく覚えているのだろうか?仮にそうであっても、父の時代はパソコンや名簿ソフトとは無縁の時代。己の横着を父のせいにしては罰が当たりそうだ。昔は兎も角、今や歳末恒例の行事なんか殆ど無いに等しい。個人的に手配していた歳暮の類は一切やめてしまったし、忘年会も全く縁が無くなった。強いて言えば同窓会2件と古い友人との会食の予定が1件あるのみ。

歳末を一種の武者震いをして迎えた大昔を思うと、大量飲酒で体調を崩す心配が無くて有難いようでもあり、何となく寂しい感じも無いではない。

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