高校時代の夏休み

早や立秋を過ぎた。暑い々々と不平を言っているうちに、気が付けばあっという間に年末になってしまうことだろう。ましてや孫たちの夏休みなんぞは、それこそ一瞬にして幕になる筈。彼らの顔を見ることも少なくなっているので、どうしていることやらと気になってしまう。上の孫はもう高校2年生、それこそ受験勉強を意識してもおかしくない年頃である。我が高校時代は学習塾なるものが無かったので、中学時代に東京に転校した学力優秀な友人が態々帰省し、戸隠の宿坊に籠って受験勉強していたことを思いだした。

自分のことはなかなか思い出せないが、やっと思い出した。高2の夏休みは志賀高原の国立公園管理事務所で管理員の仕事の手伝いをしていた。と言っても雑用係で、午前中たまには書類の整理などがあったが、殆ど毎日のように冬籠りの準備で、薪の原料を買出しに山奥にトラックで行ったり、買ってきた木を引いたり割ったりする肉体労働がメインだったような気がする。それでも自由時間がたっぷりあったので、志賀高原の山々を友人知人のガイドのような形で随分歩くことが出来た。

家を出る時、荷物の中に勉強道具を詰め込んだものの、結局一度も開かずに帰宅したことを思い出した。孫の話に戻ると、昨夜の会話だが「いよいよ来年には3年生、少しは進学のこと考えているのか?」と聞くと、婆さん曰く「さあ、どうなんでしょうね。彼が遊び回っているとは聞かないけれど、勉強しているとも聞かないわ。なんて言っても親が親だからねぇ。」「一体、どういう意味だ?」孫が家でぐだ々々しているのを見て、娘がこう言ったらしい。「勉強したくないなら無理に勉強なんかしなくてもいいし、大学なんかも行かなくていいよ。専門学校と言う道もあるし。」これじゃ子供が勉強する訳ないな。

他人の勉強を気にする柄ではないが、伝統的に勉強が嫌いなのは困ったものだ。小生の場合、子供の教育は全面的に女房任せだったこともあり、たまたま娘二人だけだったので、大学進学については何にも心配していなかった。結果、上の娘は4年制大学に進学、現在孫が進学問題に近づいている下の娘は短大に進むことが出来た。婆さんに聞いてみると、婆さんも進路について喧しいことは何も言わなかったみたいだ。勿論、二人とも塾通いなんてことは全く縁が無かった。

娘の場合はそれで良いかもしれぬが、男はそれで良いのか?少し気になるので婆さんと話をしてみると、それで良いのだそうだ。今や大学が雨後の筍のように増えているので、余程の馬鹿でない限り、大学出の肩書だけだったらどうにかなってしまうだろう。しかしそんなことにどれほどの意味があると言うのか?訳の分からぬいい加減な大学を出るより、専門学校の方が余程潰しが利きそうだ、との娘の考え方にも一理がありそうだとのこと。

成程そんなものかね、と、何処まで行っても教育について口を出すことが出来ないことが分かった。

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