夏の思い出

朝起きると少し雨模様で、半袖では肌寒さを感じるほどの涼しさになった。何でも10月半ばの気温らしい。昨日までの蒸し暑さを思うと実に有難い。このまま秋に突入してくれるとは思えないが、一先ずホッとした気分だ。床屋に行くと「今日はゆっくりお休みなった方が宜しいようですよ。」と言われたが全くその通りだ。しかし考えてみれば、床屋さんに薦められなくてもこのところ毎日ゆっくりお休みになっているようなものだから、少し可笑しくもある。

一般的には6月から8月までを夏としたものだろうから、間もなく夏休みも終わりだ。思えば、今年ぐらい何処へも出かけなかった夏は珍しい。お盆に墓参りをしただけだ。山歩きに凝っていた昨年や一昨年を思うと嘘みたいだ。約3か月じっと東京に居ると、不思議なことに心境も大分変ってくるものだ。当初は山が恋しくて、しきりに山のことが気になった。しかし日が経つにつれ山歩きに魅力を感じなくなったわけではないと思うが、最近あまり気にならなくなったみたいだ。去る者日々に疎しと言うが、似たような感じかもしれない。

これで山歩きをやめることにはならないと思うが、差し当たり次はこの山へと言った思いが浮かばない。思い返すと山歩きを始めるにあたってゴルフをやめた。ゴルフをやめるに当たっては何の未練も無く、一気に山歩きに向けて気持ちを切り替えてしまった。当然ながら後になって、あゝあのゴルフ場にもう一度行きたいなんて思ったことなど一度も無い。気分が多少山から遠のいたとは言え、山に関する最近の気持ちはゴルフの時とは大分趣を異にする。山歩きの道具は何一つ処分する気にもならないし、近い将来これ等を身に着ける日が必ず来るだろう。

ただ漠然と思っているだけだが、改めて近場の易しい山に行く気になるのは何時のことやらだ。今年の夏の思い出らしきものは殆ど無いが、お休みがてら思い起こすと、ここ数年分だけでも脳裏に浮かぶ夏山の風景は多彩である。歌の文句ではないが、夏が来れば思い出す~遥かな尾瀬~も良いし、奥多摩や秩父、信州の山々。アルバムを見ている訳でもないのに、次から次へと素晴らしい光景が浮かんでくる。遠くにありて思うのは故郷としたものだが、故郷の場合は思い浮かべている光景を現実に見ることは不可能に近い筈。

しかし山はこのように思い浮かべている光景が、いつまでも殆ど変わらずに存在している筈。再び目の当たりにする光景は何処か分からないが、雨降りに閉じ込められて想像するのも又楽しである。

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