昭和25年文藝春秋8月号

例年より数日早いようだが梅雨入りしたそうで、湿度は高めにしても連日の暑さからやっと解放されて少しほっとした気分である。のんびりした気分で国会図書館に行き、先日来読みかけにしていた本を借り出して読書をするつもりだった。ところが国会図書館は読みたい本を借り出すまでに20分からの時間が掛かる。この待ち時間にデジタルアーカイブで古い雑誌をパラパラと読むのだが、今日読み始めたのが月刊文藝春秋の昭和25年8月号。面白すぎて借り出した本を脇にして2時間も読んでしまった。

この頃になると雑誌の装丁やら記事の立て方は現在と殆ど同じである。巻頭に随筆が並び、最初の記事は当時の世相を反映している。サンフランシスコ条約締結前でもあり、朝鮮戦争が勃発して米ソの冷戦がはじまっていた時期でもある。戦勝国側の連合軍と全面講和をすべきか部分講和でも可とすべきかと再軍備についての議論が沸騰していたことが伝わってくる。当時の総理は吉田茂氏で、当然彼は米英寄りだからマッカサーのポチのような存在だったことをうかがわせる。

当然再軍備に反対する文化人の署名記事もあり、一つに学習院大学院長の安倍能成氏が説くところが興味深かった。憲法は戦勝国が押し付けたもので褒められたものではないとしながらも、戦勝国の都合で戦えなくしておきながら再軍備を求めるのは余りにも身勝手に過ぎるだろうとの論理である。勿論、紛争が絶えない国際情勢下で「中立」が言うは易いにしても実際には非常に厳しい選択であることを承知で書いている。

思わず次の一節をメモしてしまった。「戦えない強制を戦わない自由に転ずることこそ日本を死して生きさしめる道である。もし日本国民がこの価値転換を行い、国際社会におけるこの屈辱を真理の道に生きる栄光の踏み台と成し得たならば今度の敗戦も又悲しむに足りない。戦争に死に果てた同胞の霊も初めて浮かぶであろう。」この後に続いた文章に、さもなければそれは妾と同じことではないか、と書いてあった。

妾と言っても現代人にはピンと来ないのだろうが、残念ながら現代これだけの覚悟を持っている知識人が果たしてどのくらい居るだろう。お手当に不足が無ければ妾でも何でもいいじゃないかでは英霊は浮かばれないようにも思った。

その他に冒頭の随筆欄も執筆者の名前はメモしていないので忘れたが、既にアメリカ帰りの人の随筆に面白いのがあった。日米文化の違いは欠乏文化と充足文化の違いにあるとしている。日本は古来何事も欠乏していたので、与えられたものを以て満足するように心掛けるが、アメリカは新天地に可能性が豊富であったせいか、常に前向き積極的に行動することで充足感を満たし続けている。ところが積極的は留まるところが無さそうだし、どこまで行っても満足出来ないだろうと見抜いている。

時代が変わったかもしれぬが、今の日本はとても欠乏文化ではなさそうだ。

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