歴史観

自民党の憲法改正案に、ハッキリと前文の改正ということが盛り込まれていることを知ったのはつい最近のことだ。米国には9条の改正は兎も角、前文は替えない方が良いとする意見があるらしい。以下は第三者(作家の泉彰彦氏:米国ニュージャージー州在住)の推論だから当を得ているかどうか分からない。問題の個所は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」(trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world)である。

自民党はこの部分を、何とも自己卑下的な、しかも英語の直訳的な文章であるとして、国際情勢変化の中で最も現代に相応しくないとしている。中国や北朝鮮の公正と信義なんかとても信用できたものだは無いだろう、との理屈である。
一方アメリカ人は、憲法成立の経緯からして、「諸国民の公正と信義」とは「連合国の公正と信義」と理解する人間が多い筈。だから、これを変更するとサンフランシスコ条約体制からに離脱と受け取られかねないとの心配もある。

更に、安倍総理は、それでは日本人は100年経っても敗戦国の汚名みたいものを背負っていくことになるではないか。それでは若い世代の人間が可哀そうなので、その軛から解放してあげたい。と思っているようだ。と推論している。数日後に迫ったオバマ大統領の訪日を前にして、先週のメルマガで「日米首脳会談が本音トークになったとしたら?」と銘打って発表している。直接言えば内政干渉になるから、改憲や憲法解釈の変更など言えっこないが、現内閣の右傾化をアメリカ政府は心配しているのだろう。

これは当たり前のことだから驚くにはあたらない。少し気になるのは、政治家を含む日本人の歴史観の持ちようだ。小生もそうだが、過去の事を何時までも根に持つのは善くない。小学校の教科書にも青の洞門をテーマにした菊池寛の「恩讐の彼方に」が載っていたりして、恩讐を超え前向きに生きることが大切と教わってきた。そのせいか、何事もさらりと水に流す癖がついているような気がする。人それぞれだから、そうでない人もいるとは思う。最近になって学んだのは、子供の頃の悪ふざけでも、加害者側はすっかり忘れていることを被害者はい何時までも覚えていることだ。

自民党の先生方からすると、第2次大戦で戦ってもいないとされる現代の中国人から、敗戦国扱いをされるのはまっぴら御免と言うことかもしれない。しかし、憲法の前文で表明されているのが、サンフランシスコ条約を受け入れますとの証明であるとすれば、アメリカ人の心配も分からぬではない。韓国の朴大統領が「歴史的事実は千年経っても変えようがない」と言うのもその通りだろう。事実を水に流せるのが国民性であるにしても、歴史の事実認識に関して、世界的常識を総理がなにか考え違いをしているのではと心配になる。

明日は法事で長野に帰るので、ブログはお休みします。

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