2013年7月1日月曜日

日に新た?

少し前までは座右の銘と言う程ではないにせよ、中国の古書『大学』に残る殷の湯王の名言『苟日新、日日新、又日新』を中国の書家に書いてもらい事務所の壁に掲げていた時代もあった。高校同窓会の会報もタイトルが『日新鐘』だから、誰しも若い時代は大体似たような気分でいるのだろう。書いてもらった時は既に60歳を越していたが、起業して先ずこの書を壁に掲げた。

しかし代表を降りる時にこの書を取り外し、既に3年以上経過した。最近では事務所はあっても仕事は一切無い。家の近くに別荘をもって、毎日別荘生活を楽しんでいるとも言える。自分でも少し贅沢過ぎるとの自覚はあるが、連れ合いの精神衛生にも良さそうなので、もう暫く行けるところまでこのスタイルを維持しようと思っている。

代わりに心掛けていることの一つに「なるべく新しいことには近づかない、知らないことははなるべく知ろうとしない」ように努める気分でいること。即ち起業の時と正反対を目指している。兎に角忘れることは多々益々でいいが、新しいことを覚えたところで碌なことはなく、面倒が増えるだけだ。そうは言っても朝晩新聞の見出しくらいはざっと目を通すし、テレビのニュースも一応朝晩見ている。

しかし字や絵を見て音は聞いても、記憶に留まる時間は極めて短く、脳みそは空きスペースだらけを期待しているのだ。と言うか、視覚や聴覚で認識したことを自分なりに理解しようとしないのかもしれない。何を聞いても「だからどうした」状態であれば聞かないも同然、忘れようと何しようと関係ない。従って何事も、相当しつこくインプットされないと理解には至らない。

テレビCMなんぞ意味不明のものが沢山あるが意に介さないことにしている。昨日やっと<ONOFF>なるテレビCMがゴルフクラブの宣伝と分かって、婆さんに自慢したぐらいの話である。ニュースの他に見る番組は圧倒的に歌謡番組で、知っている歌手や知っている歌だけまとも聴くことにしている。最近少しはまり気味なのはBS日テレ(月)21:00からの「BS日本・こころの歌」

CMが無ければ言うことはないのだが。CMを外してDVDに録画する方法があれば是非ご教示願いたい。パソコンはご案内の通り毎日起ち上げて使っている。これも余り余計なことを考えず、従来の知識の範囲での利用に留めたいと思っているのが本音。しかし、今日はネット上からあるPDFファイルをダウンロードしようとした。ところがこれがどうしてもできない。せめて文字だけコピーをと思えど、これすら出来ず。

仕方がないので、前のビジネスパートナーに電話して教えを乞うてしまった。70歳を超えても「日に新たな」ことを全く捨てるのは容易ではない。

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