2013年6月5日水曜日

国家の豊かさ 人生の豊かさ

段々浮世離れしてきているようで、考えることが普通でなくなっている感じがしないでもない。特に今日の日記は若い人には決して受け入れられないかも。青年時代は誰しも高い志をもって努力をするのだから、その結果で徐々に収入も増えていく。昨日のサッカーワールドカップアジア地区予選で終了間際に同点ゴールを蹴りこんだ本田選手は、若い時から世界の一流プレーヤー、そして年収40億円を目指して頑張っているとのこと。その意気や善しだ。

スポーツの世界には同じように溌剌とした若者が大勢いるのは誠に喜ばしいし、どんな分野においても殆どの若者たちが同じように頑張っているいると信じたい。そのパワーの結集が日本の未来を豊かにしていくのだろう。この場合の「豊か」だがこれを経済学的に言った場合「経済力」とか「国内総生産」或いは「景気」の向上にそのまま繋がるかどうかはイマイチよく分からない。直結しないまでも、その活力が必要条件であることは経済学を全く知らない小生でも十分理解できる。

このことに水を差すつもりはないが、一方において好むと好まざるとは無関係な事実として、少子化の影響で日本の人口は減り続けている。老人が増える一方で生産年齢層の若者が減り続けている現実は変更のしようがない。どんなに逆立ちしようと、今から予測できる2050年までのトレンドは、2005年に8400万人であった生産年齢層は2050年に約3500万人減って5000万人弱になる。これは現実的なことだから善悪の問題ではないし、悲観すべきことでもないだろう。

どこの家庭でも自分の子孫を考えれば当たり前の話で、当面の心配は自分の墓をどうするかぐらいで、子や孫くらいは盆や彼岸にどこに会いに来てくれるか想像しながら茶飲み話をする家も多かろう。少なくと我が家もそうである。我が家は娘二人が他家に嫁いでいて、息子がいないので、孫世代に地上どこかに己の記憶が残っているかさえ怪しい。そんなことを悩んでも仕方がないし、子や孫がどこかで平和に暮らしていければ十分であり、あれこれ心配するのは年寄りの要らぬお世話で、彼らの力できっとそうなるに違いない。

むしろ心配なのは墓に入るまでのことだ。本田選手たちとは大違いの我が子や孫は、親に似てと言おうか、経済的にも決して豊かでないごく普通な人間である。従ってこちらも、出来るだけ子や孫の世話にならずにあの世に旅立ちたい。その第一は何と言っても健康を損ねないこと。第二に経済的には支給される年金の範囲で暮らすべく安上りの生活を目指すこと。両方とも難しい課題だが、年寄りにもそれなりの志があってもいいだろう。

その志に沿って考え、実践を心掛けるのは単衣に無駄を省き余計なことをしないことに尽きる。現実は意に沿っていないことも多々あるが、それでもかなり身辺を整理して、嘗て所持していたものを処分して余計なことを考えないよう努力はしている。多分同輩の友人達が考えるのも似たようなことではなかろうか。

今朝の報道によると、今日、安倍総理が10年後の年収を150万円アップする政策を発表するそうだ。勿論また根拠のない与太話のようなものではあろうけど、成熟している国家のリーダーとして何故もっと真面目に「豊かさ」について思いを致すことが出来ぬのか?国家といえども、嘗ての栄光時代に一旦所有した無駄を省くことが、如何に全体の「豊かさ」を増すことに繋がるか。出来もない年収アップを口にする前に、深く考えてもらいたいものだ。

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