2012年9月9日日曜日

お国自慢の花火

この週末はわが町の氏神様長崎神社の秋祭りである。夏の終わりというか秋を感じさせる時期の設定なので雨が降る年が多いが、今年は昨日の朝少し降っただけで真夏の暑さが続いている。葭簀張りの仮設寄合所がすぐ近くにあるので、神輿や太鼓が並んでいる。朝から浴衣がけのお年寄りが屯して、子供たちが太鼓を鳴らして遊んでいる。

昨日の夕方には神輿を見物、若い衆が汗びっしょりになってワッショイワッショイと威勢よくやっていた。家には新しいお札と紅白のお饅頭が配られていた。長年サラリーマン生活を言い訳にして町内のことは全て婆さん任せなので申し訳ないが、こういった行事で近隣が纏まるのは日本の善い風俗だし、本当はもっと積極的に参加すべきなんだろう。

我が町内の祭りは縁が無いが、祭りと言えば花火を思い出す人も多いだろう。故郷の長野では11月の末にえびす講の祭りがあって、この時冬の夜空に打ち上げられる花火が懐かしい。一昨日高校の同窓会で花火まつわる面白い話を聞いた。高校の同窓会は年に3回開催され、毎回卒業生の誰かが講演をしてくれる。今回は7期後輩で東大工学部の燃料工学科を卒業された先生が話をしてくれた。

東大の教授はもう定年になっているらしいが、現在でもJAXAなんかで後輩の指導に当たっておられるようだ。小惑星探査機「はやぶさ」帰還の裏話でも聞けるかと思いきや、何と話の殆どが花火の話。ところがこれが結構面白かった。花火大会のテレビ中継を見ていると、これは良いとかいまいちだとか専門家の解説がある。この判断基準がよく分からず、主観的審美感によるものとばかり思っていた。

ところがそうではないらしい。講師の先生は花火業界の偉いさんも兼ねていて、審査員になる機会が多いとのこと。審査には科学的に厳密な基準があるらしい。故郷裾花川の河原には花火工場があった記憶があるし、新諏訪の友人からは秋祭りが近づくと、畑で花火の仕込みをした話を聞いたものだ。兎に角花火師は、紺の法被に腹掛けと手拭いを頭に巻いている小父さんとの印象で、東大の先生とはイメージが結び付きにくい。

しかし日本の花火師はそれこそ世界に冠たる存在で、その東大の先生ですら一目も二目も置いて尊敬するものがあるらしい。日本の打ち上げ花火は球形をしているのが特徴で、外国は全て円筒形とのこと。この球を円筒形のに入れ、下に爆薬を置いて打ち上げるのだが、尺玉になると330メートル位の高さにまで上がるそうだ。

その頂点に達した時に爆発しないと、本当の円にはならないので、導火線の長さを調整する必要があるらしい。現代では打ち上げなんかはパソコンを使ってリモートで操作をすることになってきているようだが、花火の制作、特に花火に埋め込む導火線の長さと打ち上げ火薬の量については、やはり長年の経験がものを言うらしい。他にもいろいろびっくりするような話の中で、印象深かったのは、スーパーコンピュータと経験の差についいてだ。

日本はコンピュータ先進国でもあり、最近はロケットの打ち上げやスバルの帰還でも世界的評価を受けている。事実講師もスパコン「京」のお世話には随分なっているが、線香花火の現象一つとっても、これで解析できないことが未だまだ随分あるとのこと。因みに長野花火師(会社)は日本に鳴り響いているとのこと。お国自慢は聞いていて楽しいものだ。

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