読後感「情報と外交」孫崎 享 著

元外務省国際情報局長であり、日本では数少ない情報のスペシャリスト執筆の著書だろう。我々が知らされる情報に関する疑問が益々膨らんでくる。孫崎氏は外交的な見地から、一般的に言うところの情報と行動のための情報、即ちインテリジェンスを日本がどのようにハンドリングしているかを述べている。

平たく言えば、日本の情報活動は極めてご粗末である事に尽きるだろう。国益をかけた外交的な意思決定は全て、如何に広く深く情報を収集集約し、深い知見に基づく適切な判断がなされるか否かに懸ってくる事は言うまでも無い。特に究極の外交問題である安全保障や戦争については、インテリジェンス無しの意思決定は考えられない。歴史的に見れば、先の大戦前夜からの帝国海軍の暗号漏れなどはその典型らしい。

現代においても、日本政府の情報に関する意識の低さは相変わらずで、予算規模とか人員以前の大問題。しかしこれは戦勝国のアメリカが極めて意図的にそうさせているからに他ならない。大韓航空機撃墜の際明らかになった、自衛隊の情報収集能力なんかについても、日本がそれなりの部分的能力を独自に持つ事をある程度認めても、その運用は米国軍と一体にならないと発揮できないよう、要所要所に米軍の鍵が隠されているようだ。

一例を上げれば、北朝鮮がテポドンの発射をする準備に入っているので3日後には発射される、は日本でも関係者は皆知っているのだそうだ。アメリカ軍が衛星偵察の情報を基に事前に知らせてくれているので、自衛隊関係者や内閣のトップは発射されたと言っても本当はびっくりしていないらしい。知っている情報を国民に知らせる事が出来ない理由は、軍事利用を目的とした情報なので目的外利用は認められていないだけの事らしい。

何とも情けない話だが、現実なのだろう。最後に面白い事も書いてある。政府の中に存在する情報部門と政策部門の対立についてだ。欧米でもこの対立は常にあって、どうしても政策部門が強く、政策遂行に不都合な情報は潰される傾向が強いようだ。日本外務省が海外から受信する公電は、平時でも1日に500本くらいはあるらしい。玉石混交であろうと、ここからどのように大事な情報をキャッチするかが、国家の命運を分ける事に繋がる筈。

著者は外務省時代、省内で情報を共有するシステムを構築することで、一官僚の狭い了見で大事な問題が握りつぶされたりするのを防ぐように努力したようだ。しかし残念な事ではあるが、これも政策優先主義の前で上手く機能していないようである。宗主国アメリカと属国日本の関係理解しない限り、現政権の沖縄問題なんかも表面に現れた一連の報道だけでは、何も分からないのだろう。恐らく政権についた途端、権力者は「こんな事までアメリカが知っているのか!」とびっくりして恐怖に慄いているのではなかろうか。

てな事を暗示している。



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