2010年12月13日月曜日

頭が良いのに越したことはないが

確かこの週末に見たNHKのニュースだったと思うが、日本の小学生か中学生の学力が若干の改善を見た、があった。それに関連して、子どもの学力世界一になった上海からの報告で、中学低学年くらいの女の子が「将来ハーバート大学に進学したい」と言ったのを放送していた。多分ご覧になった人も多い事だろう。同じ年格好の孫の居る我が家では「ハーバート大学を知っているだけでも大したものだ。我が孫はハーバートとだけ聞けば、多分食べ物を連想するのではないか。」てな事で大笑いになってしまった。

若いうちに一所懸命勉強するのは決して悪い事ではないから、日本の子供や親も上海を見習うのは結構なことだ。しかし世の中それが全てでもないと言いたいので。

先日大学の同窓会的忘年会でのある友人の話。彼は慶応の志木校から来た。現在慶応の志木と言えば、医学部を目指す高校生が最も入りたがる名門付属高校で、日吉の慶応高校より難しいとも言われるらしい。だが我々が高校時代は慶応志木農業高校と言われていた。

彼によると、
「慶応の付属であっても、進学するには試験があって半分は落とされるのだから大変よ。なんたって100点取らなきゃ駄目なんだから。」
「そりゃ大変だな。で、落ちた奴はどうするの?」
「翌年又再受験するか、諦めて他校に行くかだ。」
「でも100点とはハードルが高すぎるな。」
「そうでもないさ、5科目で100点なんだから。」
「なんだ、それなら話が分かる。ところで君は確か留年したんだろう?」
「そうさ、更についていたのは、留年したお陰で翌年から(農業)が外れて普通高校になってしまったのよ。お陰で日吉と同じで、全員大学進学が可能になってしまったと言う訳さ。」

高校時代5科目100点に苦労した彼が、70歳(彼は71歳)の今日、集った仲間の中で最も元気で、仕事もスポーツにも現役でもあり、我々年金生活者には一銭も出させず飲み食いを全て支払った。彼は高校まで仙台で、高校から志木に来たようだ。決して金持ちの息子ではない。大学卒業から今日までの人生も波瀾万丈で、とても順調だったわけではない。

2 件のコメント:

tak さんのコメント...

この彼の話は面白い。今は何をやっているのだろう?
慶応志木農業高校と言われていた・・・とは知らなかった。

senkawa爺 さんのコメント...

takさん
コメントを頂きながら、見落としていました。済みません。
年賀状を拝見して見直した次第です。
志木から来た彼は、ビル空調のメンテナンス会社を経営してかなり成功しているようです。