民主党代表選とメディア

世の中全体か我が身だけかは知らないが、至極暢気なもので、民主党の代表選挙をエンターテイメント又は祭り見物として楽しんでいる。政治は「まつりごと」と言われるが、政治家自身も勘違いしているのではなかろうか、民主党の連中妙に浮き浮きとはしゃいでいる。確かに06年から連続4年行われた自民党総裁選と比較すると、昨日と今日だけでも遥かに見応えのあるのも事実だ。特に一昨年9月に麻生氏が総裁になった時の選挙を思い出すと、あの田舎芝居が如何に程度が低いものであり、それを煽ったマスコミの低俗さが改めて思われる。

昨日は代表選に立候補した二人の共同記者会見、先程は日本記者クラブで主催の討論会があった。新聞も今日の朝刊でこの選挙を大々的に取り上げているので、野党の連中も気が気ではないだろう。マスメディアも政策論争を、としきりに言うのだから、昨日の記者会見前に双方の陣営から配布されている政策要旨を1面トップで大々的に取り上げるべきだ。ところがトップに来るのは、「激突」とか「対決」といった政局的ば面白さばかりを追求する言葉が躍る。

先程の記者代表の突っ込みを聞いていても、小沢氏から政治と金で何とか言質を得たい、又は普天間移転に絡んで同じく失言を引き出したい気持ちばかりが目立つのみで、何れも軽くいなされて空振りに終わっている。どう見ても、教師と生徒のようで政治記者の勉強不足感が否めない。証人喚問に応じるか否か、とか検察審先で起訴相当になったらどうするか、と言った子供っぽい質問ばかりで、政策についても論理的な突っ込み質問が出来ないのだ。

彼等と比較すると小沢一郎にはさすが大物政治家の雰囲気がある。小生は先月23日の日記で、小沢氏について代表選に出るべきでない、と書いた。しかし今の気持ちは大分違う。今朝の朝日新聞投書欄に「清潔な無能より灰色の有能を」68歳年金生活者が掲載されている。今まで脳天気で無責任な事を書いて来た事を反省しきりだ。やはり世間は政治家に「なんとかしてほしい」と切実に望んでいる方が大勢いるのだろう。そういった方から見れば、そんな気持ちが起こるのは当然かもしれない。

我が連れ合いも菅氏についてはケチョンケチョンだ。確かに小生から見ても、菅氏からは政治をクリーンにしたいという気持ちはさておき、「この国をこうしたい」との確たる信念は何も伝わってこない。選挙に勝ちたい気持ちから対立候補の足を引っ張るのは仕方無いが、小沢氏は対立候補の悪口を言わない、を選挙の鉄則としているようだ。どうみても政治家の資質に格段の差を見せつけられている思いだ。

問題は、小沢氏が総理になった時官僚やメディアととどう向き合うのかだが、これも小沢氏に言わせると「選挙の結果が明確になる前に、当選したらこうすると、余計な事は一切言ってはいけない。」だそうだ。



コメント

しあわせさがし さんのコメント…
>「清潔な無能より灰色の有能を」
含蓄ありますね。
わたしも、似たような思いをもっています。
何によらず、絵に描いたような
きれいごとばかりでは済まされないです。
それならば、多少ダーティでも
きちんと仕事をして国民のために
役立つことをして欲しい・・・
senkawa爺 さんの投稿…
しあわせさがし さん
コメントをありがとうございます。
山本周五郎の小説に田沼意次を描いた「栄花物語」があります。
悪の権化のように言われる人の実像と虚像の違いが描かれていました。
昨今のメディア報道もどこまで真実を伝えているのか分かりません。

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