光陰矢の如し

今日は久しぶりに新社長のお供でクライアントに顔を出した。毎年新年早々に更新する、少し大きなコンテンツに関する打ち合わせのためだ。社長を替ってもらって早5ヶ月、ルーティンの仕事はもう新社長に任せきりで問題無く進捗するようになっている。しかしこの仕事は数十件のレシピ制作で、コンセプトの整理から始まりレシピ制作、大学の先生による監修→撮影→コンテンツのデータベース化と数か月間、大勢の人を動員して多岐にわたる手順を踏まなくてはならない。

その第1歩が今日と言う訳で、経緯が分かっている小生がいない事には話しが始まらない。もう来年の話をしなければならない時期になってしまったか、の思いだ。しかしこの仕事を終えれば、新社長も小生が起業した会社の最も基本になっているエンジンの構造と運転の仕方を覚え、小生の役目は殆ど無くなる筈だ。嬉しいような、寂しいような一寸複雑な心境である。

知ってしまえば別に大した事では無いだろうし、このエンジンがどこまで持つのか、或いは通用するかは分からない。何れにせよ旧いものは一旦吸収しつくして、それが肥料になるかどうかは知らぬが、ある時何か別の発想が出てくる事を願うばかりだ。

たまたま今日は、昨日までの暑さが大分和らいでいる。まして来年にかけての事を相談していると、光陰の早さをしみじみと感じてしまう。

コメント

このブログの人気の投稿

慶応義塾入学式 期待が膨らむ

読後感「新天皇と日本人」小山泰生著

何もかも関係ない話だ