2010年8月9日月曜日

健康管理

昨日の日曜日、久し振りに小学校6年生の孫の付き添いで「ピカチュウ」なる漫画映画を見に行ったが、半分以上居眠りをしていたようで内容は殆ど分からなかった。帰りにこれまたタイトルを記憶できないプレイステーションのゲームソフトを探し回ってあちこちの店を駆け巡り、4軒目の店(池袋のビックカメラ)の6階でやっと探し当てる事が出来た。孫は、自分の小遣いで買うのだから今日買わなくても良いよ、と言っていたが「遠慮をするな」と言って買ってやった。

今日来なかった一つ年上の兄にも何か買ってやらなければと思ったが、兄の方はもうゲームなんかくだらないと言ってやらないそうだ。上の子には暫く会っていないが、中学生になって遊びや趣味も変わってきているのだろう。子供の時はとにかく色々な遊びをした方が良いと思っているので、それはそれで結構な事だ。ともあれ孫の子守だけでは運動不足になると心配したが、デパート並みの大型電気店4軒を梯子したので8000歩以上歩く事になり良い運動になった。

話が変わるが、今朝、久しく音信が途絶えていた最初の会社勤めの後輩と電話で話をする事が出来た。年賀状を書く習慣の無い男で、数年前に移転したのは知っていたのだが、移転先を聞き洩らしたか管理ミスで失くしたかだ。何れにせよ4,5年連絡がつかずに困っていたところ、現在その会社の社長をその又後輩がしていたので電話番号を調べてもらった。

電話に出たのは紛れもない聞き慣れた声ではあったが妙に元気が無い。元々生活に困る筈の無い男だったので不審に思ったのだが、なんと今年の4月脳梗塞で倒れてリハビリ中との事。びっくりはしたが、後輩と言っても僅か3年だけだから67歳。4年も5年も会わないでいれば何が起きても不思議はない年齢でもある。しかし、学生時代から体育会系のスポーツマンで、早くにリタイアして悠々自適というかゴルフ三昧の羨ましいような生活をしていた筈である。ご両親も昨年亡くなられたそうだが、共に90歳を超える大往生の家系だそうだ。

親しい友人のこのような情報に接すると我が身もつまされる。両親が長生きであったから自分も同様、と言う訳には簡単に参りそうにない。電話で彼も言ったが、「リハビリは勿論だが、自分の体力保持や健康は自分で何とかしないといけない。」のだろう。

改めて自分の事に置き替えて考えてみた。70歳まで生きれば後はやりたい放題好き勝手に生きればいいだろう、が一つの哲学。実は母がそうで、親父より長生きをして確か93歳まで生きた。しかしこちとらは親父似で、出来るだけ死ぬまで自己管理をきちんとしたいと思っている。親父は非常に几帳面な性格で、最晩年は知らないが毎日規則正しい生活をしていた事を記憶している。小生が親元にいた頃は、毎朝洗顔と冷水摩擦をして、庭先で太陽が昇る東に向かって手を合わせてお祈りをした後、ラジオ体操のような事をしていた。

スポーツらしきことは何もしなかったが、家事ではよく母を助けたと思う。特に毎朝の食事前に、子供たちにも手伝わせたが、率先して全室と庭や玄関先まで綺麗に掃き清めるのを習慣にしていた。また、余暇は園芸で、若い時は庭先に花や簡単な野菜を栽培していた。役所をリタイアした直後は150坪程の畑を耕して野菜を作っていた時代もある。生涯車の運転はしなかったので勤務先の往復は常に徒歩であった。これらがスポーツ代わりの運動になっていたのだろうと勝手に解釈している。

これを見習おうと思ってはいるが、親父をそっくり真似る事はとても出来ない。
まして毎日の事だから、難しい事をせずに出来るだけ健康に良いことを心がけたい。健康・体力維持は1に栄養補給2に運動3が休養で、これが常にバランスよく保たれることが必要だ。2と3は自分で何とかなるが、肝心の1はどうしても家人の協力無しにはどうしようもない。先日も区の老人健診を受けた時にお医者さんがクレアチニンや尿酸値が良くなっているのを見て、「腎機能が良くなってきていますが、食事制限をしているのですか?」と聞いてきた。「ハイ、大学の腎専門医のご指導でやっています。」と答えたら感心していた。

真っ赤なウソである。愉快だったし、婆さんに話したら嬉しそうな顔をして笑っていた。

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