高尾山ハイキング (遠き日の思い出)


10日の土曜日、いつも通っているジムの定休日でプールに行く事が出来ない。午後からは碁会所に行けるのだが、遅めの朝食を済ませて改めて外を眺めると梅雨が明けたような快晴である。昼過ぎまで家の中でボヤーとしているのが勿体ないと思い始めた。とは言っても既に9時半である、これから行けるところと言ったら高尾山しかない。

慌てて小さなザックを引っ張り出して準備、昼飯はコンビニで買う事にして「行ってきまーす」。新宿発10時20分の京王線に間に合ったので11時15分には高尾山口に到着。山歩きには些か遅い時刻ではあるが、天気が急に良くなったせいだろうか、家族連れのような人が多い。鶯の鳴き声を聞きながら杉の大木に囲まれ舗装された参道をゆっくり登る。

途中で小学校5,6年生くらいの子供を叱りつけている親子連れに遭遇。ピッチを上げ過ぎて子供がばててしまったようだ。可哀そうに子供は足が前に出ずに泣いている。「頑張れ!」とか「もう連れてこないぞ!」馬鹿親が言っている。

この子と同じような年格好の時、ある冬の日冬遊び仲間数人で市街地から2~3キロ離れた山(小角ヶ原)に初めてスキーに行った時の事だ。口先だけは達者だったが一番チビで体力も無かった小生は、普段滑り慣れていた坂道を通り過ぎると、ものの数百メートルで急に足が前にでなくなってしまった。前を行く友人から「早く来いよ!」と言われて悔しいけど泣き出した経験がある。結局仲間内で一番大きかった友人が「何だ、だらしがねーなぁ。よし俺がスキーを担いでやる。」と助けてくれた事が未だに記憶に鮮明である。

だから、あの子の気持ちは嫌なほど分かる。親父が何と言っても足は前に出ないのだろう。最近は学校でも遠足などの行事が減っているようだ。坂道を何十分も歩き続ける何て事はおそらく初めての経験だったのだろう。何でもそうだが、世の中には経験しないと分からない事が正に山ほどあって、山歩きのペースメーキングはその最たるものだろう。普段元気活発に動き回っている小学校高学年の子供の方が、ペースが狂う危険が大きいのかもしれない。

最近はどこの山でも子連れの登山者を見かけるし、子供は大抵見るからに元気そうな場合が多いが、珍しく自分の遠い日を思い出す光景に出合った。何事も初心者を指導する立場になったら、先ず楽しさ面白さを十分味あわせる事が肝心だが、つい自分の楽しさ面白さが世界共通だと思ってしまう。時々孫とスキーに行ったり、子供に囲碁を教えたりする爺もこれは十分自戒しなくてはいけない。

高尾山は我が故郷の飯縄権現の末社でもある。本院、奥の院と順番にお参りして山頂でゆっくりと昼食。昼過ぎになっているので富士山こそ見えなかったが、青空に遠くの山並みが連なる景色を堪能。稲荷山コース経由で下山。14時28分の電車に乗って4時過ぎには帰宅してしまったので、「帰宅が早すぎる」と叱られてしまった。

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