2010年7月5日月曜日

読後感『戦後にっぽん覚え書〈5〉1961-64(昭和36-39年)―朝日新聞「今日の問題」 (1983年)』

大学3年生から就職2年目ぐらいの間の日本社会。未だ新聞もろくに読んでいなかったし勿論テレビも無かったので、自分の記憶はさておいて実際に世の中ではどんなことが話題となっていたのだろう。そんな興味から図書館から借りてきた書である。朝日新聞夕刊に毎日掲載されていたコラム「今日の問題」からの抜粋で、1月当たり2編ずつ程度掲載されている。朝日新聞では論説委員が執筆するコラムが4つあり、「天声人語」や「素粒子」特定の執筆者が決まっているが、このコラムは論説委員全員が担当してが執筆している。故に「天声人語」と「社説」の中間に位置して、社説よりも取り上げる幅が広く、長さは両者の中間で、執筆者の個性が出るエッセイ風となって閲読率が高いとされているそうだ。

本が出版されたのは1983年だが、印刷活字が未だかなり小さい。1961年の記事に「国際TVリレー」がある。モスクワからの「宇宙飛行士ガガーリンモスクワ入り」を伝える映像がロンドンに生で送られた件についての記事である。「同じ一つの出来事を、国境を隔てた人々がテレビを通じて同時に視聴できる事は素晴らしい事」と書いている。当時我が国にこの事が知らされたのは4日後だったらしい。各国協力による極東の我が国に迄のテレビリレーは未だ遠い先の事らしい、とも書いている。

他にも電話に関する件で、我が国には電話は600万個近い電話がある。と書いているのもある。1964年の話で、未だ大都市以外の大部分では電話が自動化されておらず、市外電話の殆どは交換手を呼び出差なくては用が足りなかった時代の事だ。タイトルが「11秒のイライラ」となっている。即ち交換手を呼び出す時、相手が電話に出る迄の待ち時間について我慢できるのは国際的に11秒とされていたらしい。この2編については何れも当時と現在に隔世の感を否めない。

一方1962年の記事に『沖縄の旗』と『沖縄船の「旗国」』と言う記事がある。これは当時日本に復帰していなかった沖縄の船が船籍国を表示するために掲げる旗が無くて(日本の国旗を翻す訳にはいかず、さりとてアメリカ国旗を掲揚する事も許可されていなかったらしい)、インドネシアで銃撃が起きた事件を取り上げている。この事件は小生の記憶に全く無い。現在はそのような悲劇は起こらない形にはなっているものの、半世紀を経過して未だに解決できていない問題がある事について思いを新たにしたりした。

半世紀前について、自分の認識とは異なる角度から思い返してみる事ができて大いに得るところがあった。

0 件のコメント: