連休の春スキー



連休をフルに使って志賀高原で、生まれて初めての春スキーを楽しんだ。天気予報を見ると連休中は晴天続くとの事である。しかし初日の5月1日が張り出した高気圧に列島が蔽われながらも寒気も残り、ベストコンディションとなりそうなので30日の夜志賀高原一ノ瀬に入った。明けて1日早朝粉雪が舞い、うっすらと新雪が朝日がまぶしい。一ノ瀬発8時24分のバスで9時5分には横手山の中腹に着いてしまう。15分後にはリフトで山頂を目指しているのだから正に今昔の感ありだ。

半世紀の昔、大学生の小生にとって横手山はあこがれの山。と言っても実際に滑るのは1シーズンに精々2~3回。山頂にスキーを担ぎあげるだけで難儀だったし、スキー技術も未熟だった。年に一度開催される横手山滑降大会に出場するのが夢であったが、大学4年生の最後シーズンになっても、周辺の友達に比べ体力技術共に劣っていたのでついに出場する事は叶わなかった。

この日の横手は爺の劣等感を吹き飛ばすには絶好のコンディション。リフトからの眺望は真冬と同じように透き通って遠くアルプスまで望む事が出来る。春スキーの経験が無かったので、スキー用のヤッケを用意が無く夏山のレインウェアだけだと寒いぐらいだ。バーンは未だ締まっていて滑りやすい。兎に角積年の劣等感と欲求不満を解決しなくては、と陽坂のリフト1本で脚馴らしをしてすぐに山頂まで登る。

未だ10時前なのでバーンの状態も悪くなっていない。今のうちにと山頂から陽坂のリフト乗り場まで一気に滑る。昔と比べればピステの条件・道具の差等圧倒的な違いはあるが、それでも横手山滑降大会に出場できた様な高揚感を密かに味わう事が出来た。約2時間ほど滑りこんでから、山頂ヒュッテで評判のボルシチ定食を前にして窓の外を眺めた気分は最高としか言いようがない。

途中リフトで西宮から一人で来た青年と相乗りして仲良くなった。この季節に態々一人でスキーに来る位だから結構スキーも上手だ。ベースも同じ一ノ瀬と言う事で、互いに写真を撮ってもらったりして、午後1時30分の同じバスで一ノ瀬に帰還。未だ体力が少し残っていたので1時間ほど一ノ瀬から寺子屋辺りを滑った。午後から夕方になると雪の状態は流石に悪くなる。しかし初日から4時間ほどみっしりと滑り込んだ割には筋肉痛が来なかったのは自分でも不思議だ。

この日を皮切りに2日は奥志賀、3日に又横手、4日は一ノ瀬周辺と4日間に亘り志賀高原の端から端まで滑りまくった。また夜は夜とてホテルのロビーで毎晩9時から11時迄無料バーがオープン、オーナーが同年輩なのでウマが合い、毎晩バーボンをたっぷり頂いた。5日にチェックアウトを予定していたが流石に4日間でお腹が一杯となり、4日の夕方、志賀の玄関口上林に住む弟が迎えに来てくれたので、その夜は弟の家でおいしいすき焼きをご馳走になった。

5日は弟の嫁さんに送ってもらって、学生時代に志賀高原で家族同様に世話になった先輩の家を訪ねて何十年ぶりに歓談、尽きる事もない昔話に名残はあったが、新幹線を予約していたので予定通りに6時に帰宅した。連休明けの本日、気分が実に爽やかで足腰の痛みが全く無い。婆さんが不思議がるので「俺は年季が入っているので、疲れない滑りができるのだ。」と自慢する事が出来た。何れにせよ、連休中快晴が続いたのは何十年ぶりとの事だが、小生にとっても何十年ぶりに一人でスキーを堪能した最高の連休だった。

コメント

TAK さんのコメント…
若いです。豊かです。
爺!はやはりやめた方がいい。
senkawa爺 さんの投稿…
TAKさん
お早うございます。コメントを一もありがとうございます。
「爺」は孫共の呼び方なのでシャレで使用しています。
精神的に精一杯抵抗して、万年「こばあき」で暮らしていますのでご安心ください。

このブログの人気の投稿

慶応義塾入学式 期待が膨らむ

読後感「新天皇と日本人」小山泰生著

何もかも関係ない話だ