2009年7月20日月曜日

針の木岳―様々な教訓(その1)



三連休の最中の今日、そこそこのお天気にもなったし昼間からPC前に座っている筈ではなかった。本来であればこの時間、未だ北アルプスの山の中に居る筈であった。この連休は北アルプスに行って大町から山に入り、3日間で蓮華岳を振り出しに針の木岳、スバリ岳、赤沢岳、鳴沢岳を経て爺が岳までの縦走を楽しむ予定だった。アルプスと言えばやはり縦走をしてみたいという夢がある。しかし経験が浅いので、おいそれと一人で出かける訳に行かない。自ら思いついての初めてのアルプス登山が表銀座の縦走だったが、あの時に見た光景が病気の始まりであった。その後は八ヶ岳での縦走と白馬3山の縦走を経験したが、今年からは単独登山は止めたいと思っていた。

今年は昨年常念岳に連れて行ってもらった従妹から再び声が掛り、この大きな縦走に同行する幸運に恵まれたのだ。ところが出発間際になって従妹が膝の調子が悪くなってこの山行きを断念せざるを得ない事になったが、「仲間は以前苗場山や常念岳の時も一緒だった人いるし、リーダーもお兄さんの事はよく知っているので気兼ねなく行って下さい。前の晩もこちらでお泊まり下さい」との言葉に甘える事にした。木曜日の午後、仕事を早めに切り上げて、前泊する従妹の家に出発しようとしていると幼馴染から電話が掛って来た。「ニュースが北海道の大雪山系で遭難があって死者が相当出ていると言っている。寒さ対策も十分にして気を付けて行ってくれ。」この電話で装備を見直す事が出来た。

18日土曜日の朝3時頃から従妹が台所で準備をしている気配がある。自分は4時起床、従弟の心がこもった朝食を摂っていると4時半にはリーダーのトトロさんが迎えに来てくれる。少し待ってもらい5時少し前に出発。天気は完全な雨模様、雲もべったりである。途中同行のNさんをピックアップして他の二人と待ち合わせの大町の扇沢登山口に向かう。6時底し回ってしまったが5人が顔をそろえる。リーダーのトトロさん以外の4人はほぼ同年齢。自分以外は全て地元の人でもあり、登山については相当のの経験者ばかり。雨足は強くなる一方だが6時半に登山届を提出して、取りあえず今日の第1目的地針の木小屋を目指して出発。

出発は計画より30分遅くなったが、計画では今日の第1目的地着が12時で、少々遅れても昼飯が少し遅くなる事と、天気次第で第2目標の蓮華岳は明朝にしても全体計画に大した影響は出ないとの事で安心。それに登山案内所の人が「昨日は雷がすごかったようだが今日は雨だけだから大丈夫でしょう」
と言ってくれた。しかし雨の降り方も半端でない。最初の休憩地点大沢小屋には予定より少し遅れて8時15分頃到着、朝飯を食っていない人はここで簡単な朝食を摂る。こちらは4時頃ではあるがたっぷり食べて来ているので取りあえず一休み。既にゴアテック製シューズの足の先まで水がしみ込んできている。

小屋のお兄さんが「これから少し行くと雪渓になりますが、今日は既に30人ほど登っています。今日の雪は一番下の固い雪にになりつつありますので、スリップしないようにそれと出来るだけ前の人の踏み跡をたどって下さい。途中大石を過ぎれば脇道を辿れるようになる筈です。それと落石にはくれぐれも注意してください、音が全くしませんから。」と怖いことを仰る。雪渓を歩くのもこちらは初体験、事前にリーダーに4本爪の軽アイゼンしか持ち合わせがないがそれでも良いですか?と問い合わせたところ理想は6本だが、ま4本でも何とかなるでしょうとの事。

何事もイージーな考えに走るので横着して軽アイゼンを持参してきたが、後で後悔する事になる。大沢小屋で言われたように、上の方に行くと雪は殆どアイスバーン状態になり、登りはつま先に、降りはかかとに爪が無いと全然踏ん張りがきかない。第一広い雪渓で前の人の踏み跡なんか殆ど分からない。兎に角軽アイゼンを付けて9時半雪渓に取りつく。計画表には記載は無いのだが小屋までの所要時間は概ね3時間との事、途中の休憩はなるべく取らずにゆっくり歩き続けてくださいとの事。


雪の上をまっすぐ登るのだから楽チンだろうと思ったが、そんなに簡単なものではない。結構疲れる、自分の目の前は健脚のNさん。途中で休みましょうよと声をかけるが、「この石を見ろ、落石の危険があるので休まない方が良い」との事。ご尤もな仰せと感心していると前方で、「らく!!落石!!」大声が、思わず顔をおげると一抱えもある岩がものすごい勢いで落ちてくる。幸い50m以上離れたところを通りそうだったので固唾をのんでやり過ごす。小屋のお兄さんが言う通りだ。登山は登り降りともに足元にばかり注意しているので上からの声が掛らなければアウトだ。再び機会が巡ってくるかどうか分からないが、雪渓は絶対先頭切って登ってはいけない、最後尾になってもいけない。これが教訓の第1。

実は昨日降りでも落石に遭遇。今度は声が掛った時の岩の位置が土曜日より近かった上に岩の大きさも前日の倍で二抱えもありそうなものだった、我々右に逃げたのだが岩も何故か真っすぐ落ちずに、左背面から右斜面に斜滑降してきたではないか。岩も近くに来るとドスンドスンと雪を削る不気味な音をたてている。これには本当に冷や汗をかいた。
兎も角雪渓を登り始めて1時間10分、10時40分頃やっと大岩に辿り着く。流石にNさんも岩陰で一休みしてくれる。ここで後続を待ちましょうと言ったのだが、リュックを置いて5分もする雨と風で急速に体が冷えてくる。すぐ眼の下に学生時代はワンダーフォーゲルで鳴らしたYさんが見えている。Nさんと一足先に行きましょうと言う事になってリュックを担いで再び登る事にする。大沢小屋で聞いた話では、ここから暫く行けばアイゼンを外せると言う事だった。確かにそうはなったが、外して暫くするとまた装着する羽目になる。何れにしても登山にはあまり楽できる場所は無いと知るべきである。そして12時5分予定とほとんど違わずに針の木小屋に到着。

混んでいそうなので早くチェックインをすました方が良かろうと思い、3人後から来ますと言う事でチェックイン。幸い6畳ほどの個室を確保する事が出居た。山小屋でこんな好条件に恵まれたのは初めて。土間で後続を待とうかとも思ったのだが、兎に角体が冷え切っているので着ている物をすっかり脱いで乾燥室に持ち込む。まだそんなに混んでいるようにも思えないのだが、乾燥室は既に満杯、ハンガー1本をやっと確保して河童をつるしたり、靴の敷き皮を出してストーブの傍に置く。それから部屋に入ってアンダーウェアからパンツの果てまでそっくり着替えてやっと人心地を取り戻す。

25分ぐらい遅れてYさんも到着。後で聞いたのだがYさんもかなり冷え込んで指先が全く麻痺、装備を着たまま乾燥室に転がり込んでやっと感覚を取り戻したのだそうだ。3人は揃うが後二人が到着しないので昼飯はもう少し待とうと言う事にする。Yさんが二人は1時間くらい遅れかもしれないと言ったのだが、どうせ今日は体のコンディション自体とてもこれ以上登山なんか出来る状態でないので、雨に風まで吹き出した外を気楽な気持ちで見ていた。ところが1時45分頃やっとリーダーのトトロさんが現れ、「このすぐ下でTさんが動けなくなっているので、ここで荷物を置いたら取って返して彼の荷物を私が担いで連れてきます。」との事。

土間の受付カウンターの脇に居たので、小屋の人も「ゆっくり登ってきてください」と激励してくれる。本当だったらここで我々は押っ取り刀で靴に履き替え飛び出すべきだったと思う。しかし装備を全て乾燥室に入れてしまっているので億劫でもあり、10分くらいの所と言う事でもあったので何もしなかった。しかし、45分以上経った時に再びリーダーが彼のザックを背負って一人で帰ってきて小屋の人に「同行者がこの下で動けません、助けてください。」と正式に要請。チェックインカウンタの人が「分かりました。遭難対策協議会の人いますからすぐ行ってもらいましょう。」と言ってすぐ連絡を取ってくれた。

それから待つ事20分か30分くらいか、見ていると先ず次から次へと小屋の人が出て行く。結局3時30分過ぎくらいに我々の仲間Tさんがレスキューの人に担がれて到着。小屋が騒然となる。Tさんは上がり口に腰おろしたまま黙っている。我々仲間が駆け寄って合羽を脱がせたり靴を脱がそうとしてもじっとしたままでどこも動かない。Yさんはこのまま乾燥室に運び込もうと言うが、小屋の人が「部屋にストーブを持って行ってあげるから、早く布団をかぶせて温めなさい。」と言ってくれる。Yさんも仲間内ではエキスパートではあるが、救助してくれた人の好意を無視するわけにはいかない。

びしょ濡れの服を着たTさんを部屋に抱え上げて小屋の好意に甘えてそのまま布団に横たえる。体が低体温で死人ほどでないにしろ相当に冷たいが不思議な事に体に震えなんかは全く無い。とにかく一旦素っ裸にしてざっと拭いてから、荷物の中から新しい着衣を引っ張り出して着かえさせる。それからは男子3人が交代で手や足をマッサージを試みる。暫くするとTさんの鼾が聞こえてくる。Nさんはこれが何を意味するか心配と言っているが、仏が鼾をする事も無かろうと内心一安心する。

リーダーは遭難対策協議会の人によばれ説教を食らってくると出かけたが、リーダーとTさんの姓名住所などを聞かれただけで「明日になって問題がなければ個人情報は破棄します。」と言われたそうだ。
ずいぶん親切な人達と感心。しかし後でリーダーに聞くと、Tさんが座り込んだ地点で荷物を持たない小屋の人に遭遇していたのだそう。リーダーが「同行者が動けないので助けて頂けませんか?」と声かけをしたところ、「我々は安易にそういう事は出来ないのです。」比較的冷たくされたようだ。結局のところは助けてもらって文句を言ってはいけないが、この一件からいろいろな事を学んだような気がする。

続きはは明日また

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