長梅雨

昨日は本当に久しぶりで日照時間が4時間を超えたらしい。今日からは小中学校が夏休みとのこと。日本海側には未だ台風がウロチョロしているようだが、これさえ行ってしまえばやっと夏本番の到来かと思いたいところでもある。しかしそうは簡単にいかぬようで週が明けても梅雨明けにはならないと聞いてがっかりだ。AIとかいわゆる情報工学の発達が思いもよらぬ社会的変化をもたらすニュースが続くが、お天気だけはどうにもならないのだろう。

梅雨が長引いていることも当初は涼しくていい塩梅と思っていたが、最近では蒸し暑くなってきたのでそうも言っていられない。野菜の作柄に影響が出始めているのは聞いていたが、どうも米にも影響が出始めているようだ。米は野菜果物とは異なりハウス栽培は出来ない貴重な資源。毎日几帳面に2食は米に頼っているので、秋以降米の価格が暴騰したりするのは御免被りたい。そんなことより1年に1回しか収穫できない米作り農家の心配は深刻だろう。秋になって昨年比○○%減収と報道を受ける時、我々消費者側はその比率しか思いが及ばないが、実際には収穫がゼロなんて農家も多く含まれる筈。

昭和40年代初め頃まではマスコミでも農業問題がもっと深刻に扱われたように思うが、テレビ放送がマスコミの中心になった頃から農業問題は重要視されなくなっている。新聞社の報道部門には様々な専門家がいるだろうが、農業の専門家が居るかどうか怪しいものだ。ましてテレビ局に於いておやである。今や米が無ければ麺やパンを食えばいいとと思う人が大部分だろう。食料不足なんてことは外国の難民とされる人のための言葉で、我が国とは無縁と思う人が大半の筈。結構なことではある。

しかし日本でも子供が飢えたり、親も飢えてる人が出始めている。大分前になるが、我が家の隣に一人暮らししていた人がひっそり亡くなっていたことを思い出した。そんな事例があちこちで顕在化したのではたまったものだは無いし、未だ稀有な例に過ぎぬかもしれぬ。しかし食料不足を経験した一人として、長梅雨を恨めしく思い始めたところである。

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