林住期

昨日は梅雨の晴れ間に誘われて運動をし過ぎた。頭がボーとして何か書く気にならなかった。今日もそんなにさっぱりした頭の回りではないが、二日休むと、もう永遠に書く気力が湧かない恐れがあるので一応書くことにする。齢も八十路に近くなれば勝手気ままに生きて誰にも文句は言われない。今勝手気ままに読んでいる本に面白い記事があった。どうも仏教の世界で言われるらしいが、人生には四つのステージがあるそうだ。

1.学生期(がくしょうき)2.家住期(かじゅうき)3.林住期(りんじゅうき)4.遊行期(ゆぎょうき)。これを四住期と言って最近の高齢化社会ではよく取り上げられているらしいが、初めて聞いた。前半の学生期は親や師の言うことよく聞き、学問と修行に励み禁欲生活を守る。家住期は結婚して子供をつくり、家の経済の責任を負う。後半の林住期は前半の世俗的なことを離れ、それまでやりたいと思いながら実行できなかったことを、一時的に家を出てやってみる。一人になって自由な時間を楽しむ。旅と遍歴気ままな遊びの時間、と言っていい。

そうこうしていると、今まで見えなかった別の世界、思いもしなかった社会の裏面その面白さが見えてくる。しかし多くの人はこの林住期を楽しんだ後は、結局元の村や町に帰っていくそうだ。自由気ままなんて言ってもお金が続かないだけのことかもしれぬ。そして最後の遊行期、遁世期とも言われ一切の欲望から現生放棄した者のステージ、ここまで来るのは坊さんの世界でも千人に一人、万人に一人とされる。一休和尚や良寛和尚、鴨長明や西行のような人たち、乞食同然で達観して死期を迎える。

こんな難しいことは自分で理解納得したわけではないが、宗教学者の山折哲雄氏の本に書いてあったことを引用しただけのことである。ここに上がった四人は、現代の感覚からすれば相当早くから遊行期に入った達人だ。現代人は好むと好まざるに関わらず家住期でしこしこ稼がざるを得ない。政府の言うことなど聞いていると、何か一生働けと言っているように聞こえる。困ったことだ。身体がおかしくならないうちに、数年でも好きなことをしたこと有難いと思うことにしよう。

今日は大阪在住の後輩が、銀座でライブコンサートを開催とのこと、彼は未だ60歳前半、大いに結構なことだ。夜7時は遅い時間だが、出かけて応援の拍手を送るつもり。

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