ネパール紀行(その4)

翌朝オーストラリアンキャンプから大凡5時間、標高約1000メートルにある日本人経営の「花の家」までトレッキング。と言っても緩やかな降りで、生活道路かどうか、平らな石で整備された部分が多く非常に歩きやすい。途中でゆっくり休んで昼食は握り飯でない地元のカレー料理だし、文句のつけようはない。着いた旅館は日本人経営だけあって部屋のシャワーと別に風呂場まで用意されていいた。



但しこの行程はジープが追走していない。荷物はガイドがジープで持参したものを含めポーターを雇って背負ってもらっている。聞くと現在は法律でポーター一人当たり30キロを超える荷は禁止されているそうだ。一人30キロ近い荷物を頭陀袋に入れて、紐と頭に巻き付けたベルトで背負う。こちらの一行の中に185cmで地元の少年野球の監督をした大男が居て、休憩時間に試しにやってみたら結局立てなかった。ポーターは流石に裸足の人はいなかったが、リーダーが渡したチップに喜ぶ様子を見るにつけ、一寸後ろめたい気持ちがよぎったのも事実。



「花の家」でリーダーの友人である地元のシタール奏者サワン・ジョシ氏と合流。氏は上野の音大に留学したプロのミュージシャン。長野では有名人らしい。未だシーズンに入ったばかりで他に客がいないのを幸いかどうか、夜は彼の演奏会の後でいつもの酒盛りとダンス。旅館の従業員もむしろ喜んでいる様子だった。翌朝はまた少し歩いて降り、ミランチョークと言う村から迎えに来たバスでポカラまで。夕食前にポカラにあるペタワール湖などを散策しながら、小生は野球帽をガイドに値切ってもらって500ルピー(約500円)で土産として購入。因みにルピーは、入国と同時に全員一律5000ルピーずつ両替してもらったが、結局使い切れなかった。


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