春は名のみ

寒明け10日間は寒さの底と言われるが、今日はその通りになった。昨夜は現役時代の後輩と珍しく遅くまで付き合い、最近の広告業界の話やメディア事情など色々聞かせてもらった。当然ながら昔の常識が全く通用しない世の中になっていることを改めて痛感させられるばかり。世の流れに乗って行くにはスマホがやはり必携の道具であることも指摘されたが、こればかりは手遅れのようだ。

ホッとしたのは彼の見た世相「バスの老人パスを貰いこれでどこまでも気楽に行けるようになると、老人の足腰は急速に退化するようだ。」たしかに家内も歩くのが嫌いで大分前から老人パスを貰って喜んでいたのを思い出した。引き換えこちらはバスを利用する機会が少ないので未だにパスを持っていない。代わりに毎日地下鉄2駅分はシコシコ歩いている。店を出て彼が気遣って有楽町線の駅まで見送ってくれたが、歩き方を誉めてくれたのが嬉しかった。

盛り場の夜も山歩きと同じで危険がいっぱいかもしれぬ。若い時は何をするにも粋がっていたものだが、齢には逆らえない。年寄りには思われたくないが後輩に大事に扱われるのは悪くない気分である。

昨日は亡き母の誕生日、明治45年2月8日の生まれである。亡くなって10年以上になるが、父が明治38年の生まれだったので明治生まれに拘っていた気がする。僅か半年足らずでも亭主と同じく明治・大正・昭和の3代を生き抜いたと言いたかったのかもしれぬ。昼間はそんな両親の晩年のこと思いながら結局ブログは休んでしまった。今年は元号が変わるので両親にあやかり、3代の元号を生きたと自慢させてもらいたいものだ。

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