同じに見えない風景

厳しいと言ったら長野友人たちには叱られるかもしれないが、寒が明けて10日経っても寒い日が続いている。予報では週明けまで似たようなことらしい。ま、朝の来ない夜は無いと期待するしかないだろう。昨年までネットでへぼ碁を打つのを楽しみとしていたが、ひょんなことから今年は既に2回プロ棋士に指導碁を打ってもらう機会が出来た。一時は随分指導碁も受け、参考書なども買い込んで勉強したこともあったが、参考書はすべて処分したし、指導碁の機会は途絶えて久しい。当然ながら棋力の低下はあっても向上は全く縁が無かった。

しかしこの2回の指導碁で改めて囲碁の面白さに目覚めた気もするので、今年は少し勉強をし直したい。囲碁について哲学的なことを云々できる力量や柄ではないが弁えずに言うんならば、強い人と弱い人では見ている風景が全く異なって見えているようだ。碁盤に引かれた縦横の罫線は勿論同じだし、置かれた石の景色も同じ筈だ。交互に石を置くのが唯一のルールで、自分に手番が回った時石を置く場所は全く自由である。同じ風景を見ているのだから石を置きたい場所はそんなに沢山は無い筈。

ところがえてして、弱い人は自分が都合良いと思うところに手が伸びる。これに対してプロ棋士ともなるとまるきり問題にしない。「どうぞ、どうぞ」てなものである。有態に言えば小生程度のヘボは5子局と言ってプロ棋士が手出ししない間に5手先着している。19×19即ち361か所しかない地面の1等地5か所に手付けを打っているのだから、地面の占有争いで負ける筈がないと思うが何故か最終的には負けている。

一緒に行った友人がまるで魔法を見るようだと感想を述べていたが同感だ。昔から不思議でプロ棋士にいろんな質問をしたものだ。例えば「なんて先まで読むのですか?」これに対して先生曰く「プロ同士の対局では、様々な変化を相当先まで読まなければならない場合もある。しかし指導碁では、どうだろう3手ぐらいかな?」と軽くいなされてしまった。ただ1手進むたびに碁盤の風景が変わっていくのが見えるみたいだ。

相撲の世界で「横綱になると風景が変わる」と言われるらしいが、同じようなことかもしれぬ。

コメント

信州爺 さんのコメント…
senkawa 爺 様

 当地もこのところほんとうに寒いです。明日の朝はー8度の予報です。来週から暖かくなるそうで
ぐんぐん春が近づき、桜の開花予想は例年より5日早く4月8日だと報じられました。
もうしばらくの辛抱、カゼにお気を付けください。
小生も下手な囲碁愛好者です。いつかお手合わせできればいいですね。
   信州爺
senkawa爺 さんの投稿…
信州爺さん
 いつもありがとうございます。
なかなか春らしくなりませんね。
予報の言ってる来週を期待しています。

<いつかお手合わせできればいいですね。>
大歓迎です。どこか囲碁を打てる場所がありますか?
あれば来月また長野に行く予定がありますので、その時でもいいですよ。

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