国民気質

立冬を過ぎても暖かい日が続くのは有難い。今週はアメリカの中間選挙報道でもちきりだが、日本の政治報道がかくも貧弱で良いのだろうか。と自分に問いかけてみるが、国内政治のご粗末さ、内容が無きに等しい薄っぺらさは自分自身にも責任があると思い至った。我が身だけの問題に非ずして国民の大半に共通するのではないかとも思う。その依って来るところは、今さら我一人が声を上げてもどうにもなるまい、との思いであろう。

今回のアメリカ中間選挙報道を見ていてつくづく感じたものだ。政治に関する意思表明の原点は選挙の投票行動にある。選挙の争点がトランプ大統領を是とするか非とするかに絞られていたせいもあるだろうが、与党共和党も野党民主党側も政策論争でなく、投票をしきりに呼びかけていた。分かり易いと言えばその通りである。投票結果は大方の予想通りだったようで、トランプ氏側の作戦成功、これで大統領2期目を狙える可能性が高くなったとする見方が内外メディの一致するところみたいだ。

それにしても思うのはアメリカ人の行動力と発信への意欲だ。昨日も書いたばかりだが日本人は横着でぐずで何を考えているかはっきり言わない人が多い。71歳のアメリカ大統領に比べ、10歳も若い安倍首相の存在感の薄さは偏に首相の行動力と発信力が余りにも貧弱なことにあるのではないか。今日は首相のことでなく、日米一般国民のその差をしみじみ思い知った。老いも若きも自らの意思を表明するにに何の衒いも感じられない。

選挙権の行使は暇だから行ってみるかではなくて、もっと積極的な行為であるべきだが、政治意識の薄い人にとっては前者であるのはやむを得ない。アメリカの場合は自己の意思を明らかにすると同時に、一人でも多くの同志を得ようと持てる力を発揮するのが自然のようだ。やがて一周忌を迎える家内も区会議員の一人の熱心な支援者だったが、所詮は日本人でその勧誘は極めて控えめだったに違いない。

国民一人一人のそういった積極的な行為が無ければ、世の中が変わるはずも無い。小生にとって出来ることはこのブログによる発信のみではあるが、これでも蟷螂之斧を振るっているつもりである。

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