2018年11月24日土曜日

読後感「江戸開城」海音寺潮五郎著

海音寺潮五郎の小説は大分読んだ気がするが久しぶりの著書である。本書は京都鳥羽伏見の戦い(慶応4年1月)直前から江戸城明け渡し(形式上の儀式が4月11日)を経て約2か月後上野で抵抗を続けていた彰義隊が打ち負かされるまでの経緯を資料を丹念に追って書いたもので、もちろん小説ではなく「史伝」と呼ぶらしい。兎も角小説以上に面白いとも言える。著者は江戸開城が明け渡す側の徳川方にとっても受け取る政府側にとっても如何に大変なことであったかを正確に検証してくれている。

勿論大勢の人物が登場するが、中でも重要な人物は徳川方の勝海舟と政府側の西郷隆盛である。更に重要なことは著者が冒頭第1章に設けた「革命の血の祭壇」で語る総括である。総括を冒頭に持ってくること自体いかにも小説家らしく読者を引き込む術を心得ていると先ず感心する。曰く「明治維新を王政復古と呼ぶ向きもある。日本人は長い間日本本来の政治形態が天皇親政であったと考えてきたが実はそうではない。日本国が始まって以来の歴史はほぼ西洋紀元と同じ程度と見て、天皇親政の期間は約280年程度である。即ち明治維新とは徳川に対して薩長が仕掛けた権力闘争であり革命であった。」

先に述べた二人は勿論であるが、登場する多数人物の性格分析が行われている。証拠は現存する手紙や著述或いは日記の類である。この時代は電話やインターネットが無いので、手紙を送るにも手許に複写を残すとか受けた側が複写するとかで貴重な資料が数多くも残されている。惜しむらくは墨痕鮮やかなこれら資料を解読する能力が自分には無いことであるが、著者はその能力があったに違いない。

江戸開城と言えば、西郷と勝が三田かどこかで会見をし、意気投合した結果数日後には極めて平和裏に明け渡しが済んだ、と単純に理解していたが飛んでもない。上野の山の戦いは旧暦の4月らしいが、これは現在の6月梅雨のさ中らしい。半年かかってやっと一応のめどが立ったと言うわけで、実に容易ならざる大事業だったことが少し理解できた。一口で言えば徳川方にも薩長側にも大きな国家観を持つ少数がいて、己の立場を守りたい多数がいて双方共に内輪の確執争いが解決を長引かせた原因でもあった。

当時の武士階級を政治家と見れば、今の政界よりは大局観を持った武士が遥かに多く存在したことが確認できたとも言える。

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