教科書による道徳教育

「体育の日」とはかけ離れているが、今朝の朝日新聞に掲載された道徳教科書問題に関する記事に目が留まった。記事によれば、従来道徳教育は「考え、議論する」という方針だったのが、今回初めて中学でも「教科」になった道徳。来春から中学にも今までなかった道徳の時間が新設され、そのための教科書検定が行われたらしい。「従来の道徳の時間から特に変わるのは、検定教科書を用い、児童生徒を評価する点。」記事には次の見出しが付されている『根拠のない教科書・悩む先生…道徳って何だっけ』そりゃそうだろう、先生だって人の子だ。

たまたま昨日の池袋駅でのことだが、待っていた地下鉄に乗り込もうとしたとこら横から小学低学年の女子生徒が割り込んできた。思わず手が出かかったが辛うじて思いとどまった。そのタイミングで後ろにいた母親らしき人が娘に注意をする声が聞こえたのでほっとした。その子がどんな思いだったか知る由もないが、似たような光景にはよくぶつかる。修身や道徳とは程遠い身で書くのは気が引けるところもあるが、最近の日本は外務やや防衛省とは無関係の思わぬところで右傾化が大きく進んでいる。結果行きつく先は言わずと知れたところだろうが、これに抵抗を示す人材は益々減っているのだろう。

新文科大臣の柴山昌彦氏も東大出弁護士さんだから立派の人だと思うが、就任早々教育勅語で物議をかもしたりしているのはどういった存念なんだろう?なにか勘違いで時代錯誤されているのか、あるいはこちらが時代錯誤しているのか混乱を来してしまう。道徳教育は子供の頃から教える必要はあろうが、誰がどうのように教えるかは不肖の身には判断できかねるが、教科書で教えることは少し無理があろう。

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