人知は無限か?

最近地震が多発している。自然界には人知を超える現象が多々存在することは昔から一応理解はしているつもり。万物の霊長なんて夜郎自大なことを抜かそうと、所詮人間なんて愚かな者だから、あまり身の丈に合わないことは考えない方が善いとも思う。しかし人類は地球誕生から何十億年か知らぬが、絶滅せずに生き延びているのも確かだ。そして嘗ては未知とされていた現象を解明しつつ、千年を単位としなくても百年前には考えられなかったようなライフスタイルを生み出している。

変わっていないのはある種の集団生活を営み、集団同士が時に激しく殺し合いの生存競争をすることぐらいだろう。未だに人類が増え続けているようだから、この殺し合いも、ひょっとすると種の保存本能に依っているのか、なんて書きたかった事とは正反対のとんでもないことを思ったりしてしまった。思いを元に戻せば、物心ついて既に半世紀以上、ライフスタイルの変化は表現できないくらい変わってきている。これ即ち科学の進歩と日本の経済発展の賜物かもしれぬ。

それらにケチをつけるのも如何ではあるが、最近は科学技術進歩のお陰で、身の回りに恐ろしいばかりの自動化機器が氾濫する状況になっている。電話機を個人ごとに持ち歩いたり、盥や洗濯板が自動洗濯機になったり、牛馬の代わりに自動車を平民が乗り回すことが出来るのは誠に有難き次第と感謝せねばならぬだろう。かく言う己も何の知識も無いまま文明の利器に頼って駄文を綴り、以て老後の楽しみとしているのだから何をか況やではある。

だがしかし、人間が開発した人工頭脳が人類の何万人に一人、否何十万、何百万人に一人かもしれぬ超天才棋士を簡単に打ち負かす実力を示し始めたのを見て少し恐怖を覚え始めた。タイトルは忘れたが昔観たハリウッド映画に、米ソの軍用コンピュータが勝手に意思を疎通するようにり、機械が人類を恐怖に追い込む設定があったのを観た方もおられるだろう。実はつい先日友人が最近購入したホンダの軽自動車に同乗させてもらった。

これが映画「007」のスーパーカーならある程度理解できるが700㏄にも満たない軽である。新車故ご他聞に漏れず自動化機能満載のようだ。運転していた友人も言っていたが、同乗させてもらっていて自動操縦機能にある種の居心地の悪さを感じてしまった。幾ら安全対策と言え、運転に関し人知を超えるところまで機械に面倒見てもらう必要があるのだろうか?耄碌したら機械は使わない方がハッピーなように思えてならない。

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