読後感「日本の失敗」松本健一著

サブタイトルは<「第二の開国」と「大東亜戦争」>である。著者は松本健一氏、2014年の11月末68歳と言う若さで亡くなられてしまったが、戦後生まれにして最も優れた歴史家であり、思想家と尊敬している人物である。そんなに多くの著作を読んでいるわけではないが、何といっても故郷の偉人<佐久間象山>を高く評価して「評伝佐久間象山」(2000年)を書いてくれたことからファンとなった。本書は2006年発行だから少し古いが、思想家としての真骨頂かもしれぬ。

さて内容である。著者は日本の開国について第1回が江戸末期から数年にわたった明治維新の時、2回目を大東亜戦争の敗戦によってもたらされたと見て、その2回目の失敗について論じている。この失敗の本質は、日本が国際社会即ち世界文明に背を向けて、非常に内なる価値観に自ら潜り込んでいってしまったことにある結論付けている。日本が大いなる田舎で、そこで育まれた文化が世界に通用すると思ってしまったことがそもそもの失敗だった言うわけである。

本文を詳細に読んでいくと著者の考えの根拠がよく理解できてくる。日本人は明治維新によって目覚め、世界文明に追いつくべく相当な努力をして、事実欧米先進国からも一目置かれるまでになった。ところが勢い余ってとでも言うべきか、1915年(大正4年)大隈内閣が発した「対支21か条要求」に端を発し、1945年(昭和20年)8月の敗戦で一旦の幕引きとなるわけである。

国際文明とのずれに関し変化が最も端的に見られるのが、日清・日露戦争開戦時と大東亜戦争開戦時の「開戦の詔勅」である。前2回の詔勅には国民を勇ましく鼓舞する文言とともに「国際法の順守」高らかにうたっているが、3回目の詔勅には読み込まれていない。外国の横暴に耐えがたいので、と日本としての言い分だけが述べられている。大正の初期から昭和の初期にかけての日本は、国の指導者とジャーナリズムが精神的鎖国に陥り世界文明に背を向けていたに他ならない。

結果として昭和20年以降軍部独裁に終止符を打ち、民主主義体制がしかれて第2の開国になるが、第1回と異なり、「外の力」の助けを借りて初めて成就されたもの故に、著者は「ナショナルアイデンティティを喪失したかのような歪み、即ち、自己懐疑なき繁栄を生んだ。」と結論付けている。そして「平和憲法」に戦争の放棄をうたいこめば永遠に平和が訪れるーそんな幻想に安住して、日本は平和創出のための国際責任をなおざりにしてきたのでは。と締めくくっている。

だからといって、著者が言わんとする国際責任が今の安倍内閣が考えているような安易な考えでないこともはっきりしているが、長くなるのでこれで辞めておこう。

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