読後感「吉本隆明・江藤淳前対話集」

アマゾンの内容紹介は「戦後日本を代表する二大批評家が、一九六〇年代半ばから八〇年代後半にかけて行った全対話を年代順に収める。文学から思想、政治から時代状況まで論じる、戦後批評の到達点。」とある

作家の江藤淳氏については「海は甦る」を読んだ記憶があるので知っていた。吉本隆明氏については全く知らなかった。両氏とも作家や詩人と言うより、自分自身が文学者であることを強く意識されていたように思う。故に評論家としても高い評価を受けていたのだろう。

両氏は文学についてはかなり共感するところはあったようだが、社会に対する見方ではだいぶ異なっていたみたいで、そこがこの対談集の面白いところであった。吉本氏は1924年(大正13年)生まれで東工大電気化学科の出身にも拘らず若い頃から詩作の才能を発揮されていたようだ。戦後は労働組合運動のも関わった経験もある。一時は自ら左翼系の評論家と称したほどだが、著作業で生きていく決心して多くの文芸評論を手掛けるが、1980年代半ばチェルノブイリ原発事故後におきた、文壇の反原発運動に反旗を翻したりしている。反原発運動がいきなりエコな生き方と言うことに反発したようだが、この辺が如何にも東工大出身らしい。社会思想的には凡人には少しわかりにくいように思えた。

江藤氏は1932年(昭和7年)生まれで慶応義塾大学英文科出身、学生時代から文芸評論を活発に行っている。若くして米国に留学。終戦を境とした日本における価値観の変化や、外国人の目で見た日本及び日本人についても肌身で感じるところがあったのだろう。「日本人とは」を文学を通して追及した人生であり、どちらかと言えば保守的な論客としての評価が定着していたようだ。両氏がともに認めておられるが、お二人の社会的立場が世間的には保守と革新と正反対とみられる傾向にあったようだが、対談では屡々意見が一致する。

哲学的な問答なので少しわかりにくい意味もあるが、文学部の出身でありながらまともな本も読まず、当然のこととして文学や言葉の持つ意味を真剣に考えたことが無かった身としては、触発されるところが多分にあったが、中で一つだけ記すなら、お二人の共通認識に「100年後も日本と言う国が存在するかどうか」がある。もし日本国が亡くなっても人種としての日本人は残るわけだが、その彼らはどのように生きるのだろうか?」何故にこの発想が生まれたか忘れたが、こういう発想が意外に大事かもしれぬ。時間をかけてもう一度読みたくなる本だった。



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