塾も時には必要

我が家は子や孫も含め学習塾とは比較的縁遠い家族と言える。我々が高校時代までは長野市内に学習塾は無かった筈だし、婆さんが子供たちが塾に行きたいと言おうものなら「お父さんがちゃんと税金を払っているのだから、勉強は学校でしなさい。」と少し乱暴なことを言って子供たちを塾に行かせなかったようだ。当然の帰結で孫たちも塾に行こうと言わなかったか、行かせてもらえなかったかは知らぬが、高校生の孫から塾の話は聞いたことが無い。

そんなことはどうでも良いが、今日書きたい教育問題は青少年の政治教育についてである。東京や大阪知事の政治塾をはじめとして松下政経塾など、世に政治塾と称するものは多い。関心がないので半端な知識ではあるが、ここでの教育は政治家を目指す人のため専門知識を授けるのが主たる目的のように思う。敢えて言えば政治家教育であり、今日書きたい政治教育とは少し異なるようだ。

昨日に続いて徘徊の途中に立ち寄った場所で拾った俄か知識であることをお断りしておく。先週国会議事堂近くの衆議院憲政記念館に昼飯を食いに立ち寄った。いつも国会図書館の昼飯ばかり食っているので、たまには変わった場所をと思っただけである。そしたら無料で「普通選挙を目指して―犬養毅・尾崎行雄―特別展」があったので少し丁寧に鑑賞して来た。持て余すほどの時間を持つことは贅沢ができる証拠だ。

二人とも江戸末期の生まれで、明治23年の第1回衆議院議員総選挙から生涯を通じて(即ち犬養氏は昭和7年515事件で暗殺されるまで、尾崎氏は昭和28年の総選挙で落選するまで)政治家であり続けた。このブログでも老政治家については常に「早く引っ込め!」的なことばかり書いているが、憲政の神様とまで言われるこの二人については、老害を指摘する気ならない。何故か、この二人は心底から日本に民主主義が根付くことを希い、終生そのための努力を怠らなかったように思えるからである。

共に個人的な塾を立ち上げていることでは、小池百合子都知事と大差ないようにも受け取られかねない。勿論政治教育に関する出版もしている。その中でどのように述べているか、次に数例を引用する。「我が国には政治教育というものが無い」「今日に於いて最も急務中の急務は、我が政治教育を政治教育を学生諸君に施すことであると思うのである。党派的感情に支配されず、国家の利害休戚主眼とし、同胞の幸福を目的とする善政を施す為には、全然一時の感情を排除して、理性に訴えて判断するだけの政治教育を施すには、青年諸君においてまず第一にすべきである。」

「天下に恃むべきは青年諸君である。(略)私の今後取るべき大事業としては国民の政治教育を選びたいのである。」塾の講師に我が高校の後輩猪瀬元知事を招聘した人と同列に置く訳にいかない。

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