2016年8月4日木曜日

先生の教え

自民党のホームページに挙げられた教師密告フォーム「学校教育における政治的中立性についての実態調査」が一寸した論議を呼んでいる。詳しくご存じない方も多いと思うので簡単に説明しておこう。

このなかで自民党は、〈「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいる〉と書き、〈偏向教育〉だとして通報させる“密告”のための入力フォームを設置した。しかもそこで「いつ、どこで、だれが、何を、どのように」などと具体的な情報を記入するよう求めるなど、完全に教育を統制しようとしている。

論議を呼ぶのは当たり前で、賛成の人もいれば反対の人もいることだろう。個人的には少しやり過ぎではと思うが、取り敢えず置いて我が老夫婦の昔話を取り上げておきたい。先ず婆さん曰く「小学校高学年になった時の先生の一言が未だに忘れられない。」先生曰く「人間は諦めが肝心。周辺をよく見てから己を見極めることが即ち<諦め>である。」

「だから私は諦めが良い。」は長年連れ添って朝晩食事を用意している小生への当てつけに聞こえなくも無い。流石にそこまでは口に出さなかったが「子供たちに頑張れと言ったことは無い。」と変な自慢を付け加えた。

こちらは小学校4年生の担任の言葉が奇妙に記憶に残っている。「人間の生き方で一番大切なのは<平凡>であることだよ。」当時はしてはいけないことばかりする子供だったので、図書室の前の廊下を走っているときに呼び止められて言われたシーンまで記憶にあるのが何故か知らぬが不思議でもある。

互いに「昔の先生はうまいことを教えてくれた」と、小学校時代の先生に思いを馳せたりした。どちらの先生の言葉も学習指導要領には載っていなかったことだろう。小生の時代は戦場から復員したばかりの先生も多かったので、国のために命を捨てる覚悟で戦ってきた、と言う先生もいたし、熱心に平和を説いた先生もいたような気がする。

そういった先生の生きざまや思想信条から何を汲み取るかは、子供によって異なるだろう。政府が先生を含め人間の思想信条をコントロールできると思うのは、それこそ偏向で危険と言う以前にお笑い種ではないか。

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