2016年3月13日日曜日

「言い訳」見っけた

なにかうまい言葉、或いは文章を書いてみたいと思って、ブログを始めてから早や8年になってしまった。残念ながら才能に乏しいと見えて、未だに思いの丈が上手く書けたと実感できる日は無い。最近の出来事から思いついたことがある。例の「日本死ね」のブログである。国会中継を観ていて最初に知った時は「幼稚でおかしなブログ」程度にしか思わなかった。

その後騒ぎが大きくになるにつれ、結構な文章書きの先生がこの文章、文体を褒めるのを知って改めて読み直してみるに至ると、成程そう言うことかと思い至った。婆さんなんかもべた褒めしている通り、無駄の無い文章でリズム感があって、言いたいこと、即ち我が身の不幸と政策批判を明確に訴えている。流行歌の作詞家になれるのではと言われると、そうかもしれないと思ってしまう。

どうすればこんなに訴える力を持つ文章が書けるのか。我が身の才能についてはおくとしても、先ず第一には発想が平凡に過ぎることに気が付いた。他人から見ればどうかは知らぬが、自分が最も大切にしたいと思っている価値観は「平凡と中庸」である。故になるべく過激な思いは持たぬよう心掛けている。そのこと自体は別に悪くは無いだろうが、その気持ちのまま文章を書いても訴える力は出ないようだ。

「日本死ね」ブロガーさんの文章は実に過激だが、思想が過激とは限らない。思想がどうであろうと表現方法は別の問題なんだろう。アメリカの大統領選でも過激な発言が大流行だ。共和党のトランプ氏なんかも意図的に過激発言を繰り返して人気を集めているらしい。民主党のサンダーズ氏にしても同様だろう。北朝鮮の挑発に乗ったのかどうか、米韓の軍事訓練の名前が「斬首作戦」には恐れ入るばかりだ。

幼い頃から「言行一致」を教え込まれたので、どうも嘘やハッタリが得意とは言い難い。文章が上手くならない絶好の理由が見つかった。嘘とハッタリは自公政権に任せることにする。

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