2015年7月8日水曜日

読後感「終りと始まり」池澤夏樹著

日本の近代文学について全く疎いので、著者が現代文学界の大御所であることを全く知らなかった。読み終わってから改めて調べてみると実に多くの著作があるが一つも読んでいない。また新聞や雑誌への投稿も頻繁であり、本書の延長で昨日も朝日新聞夕刊への投稿もあった。流石にこれにはすぐ目を通したが、今まで著者のコラムを読んだ記憶は残念ながら想起できない。たまたま店頭に平積みされていたように、新刊ではあるが、内容的には2009年4月から2013年3月まで、朝日新聞夕刊に掲載されたコラム4年分48本を纏めたものでから最近の著作とは言い難い。

先ず思ったのは、これから毎月朝日新聞夕刊で彼のコラムを読もうと決意した。
あとがきに著者自身「コラムの基本はジャーナリズムである。その時々に起っていることを俎上に上げて論じる。」と書いている通り、テーマがいづれもその時代を思い起こさせ、忘れ難いものである。

このブログも、報道から想起したことをテーマに書いていることが多いので、正確的に似ていると思いながら読んだ。しかし内容的には全く異なる。何が違うか。著者の場合は新聞2、3紙の斜め読みから世の動向を知ると、文章を起こすまで実に丁寧な時間を掛けて資料をあさり、現場に足を運んで実態を自分の目で確かめた上での取材を積み重ねている。書かれるボリュームに大差は無くても、説得力が全く違ってくる。

文章の構成は素人の雑文とは全く異なり、読者を引き込む段取りが周到に用意されている。抵抗なく読み進めるのは、個々の表現についても文学者らしく洗練されているからだろう。我が身と比較するのも畏れ多いが、素人と文壇の頂点に居る人との違いを納得せざるを得ない。冒頭に触れたように、日本の現代文学に余り親しまなかった理由の一つに、芥川賞の審査員トップに長く居た石原慎太郎氏の存在がある。

石原氏は政治家としても同じだが、常に偉そう上から目線なので、どうしても説得力に欠ける。著者は彼とは正反対で、文章を書き起こす時、その対象者が常に横にいるような感じがある。書き進めている文章が、著者の如何なる思いから出ているかが理解できるような気がするのだ。そしてその思いが実に深く大きいことが分かる。取材が半端でない。現在は北海道に住んでいるようだが、これまでに住んだ土地は実に多岐にわたる。

東京や沖縄は勿論だが、ギリシャにも居を構えて住んでいる。外国語に堪能であるせいもあるからだろう、ナイル川を遡ってスーダンに行ってみたり、優れた作家になるためには、こんな経験が必要なんだろう。コラムニストとしては相当深くものを考える人と見受けたが、本書を読む限り我が思いと大差がないことだけは嬉しく思った。

最後に、昨7月7日付け朝日夕刊に掲載された著者コラムのタイトルを書き添える。
■死にかけの三権分立:行政独裁に道 粛々と



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