2015年3月18日水曜日

笑われるかもしれぬが

老い先が短いからと言って将来への不安が無い訳ではない。少し心配に過ぎるかもしれぬが、世界的な大混乱、はっきり言ってしまえば第3次世界大戦が近づきつつあって、日本が巻き込まれる可能性が高まってきているような気がしてならない。第2次世界大戦終了から既に70年、戦後すぐ国際連合が出来て、今や世界殆どの国が加盟し、曲りなりにかもしれぬが戦争防止に役立って来た筈だ。

とは言っても、この間戦争は数えきれないくらい発生して絶え間なく、地球上で戦争が全く無かった時代は無いのかもしれぬ。その戦争のどれをとってもアメリカとかロシア(ソ連)とか中国とかの大国が関係している。皮肉と言えば皮肉でもあるが、大国同士が緊張関係の中で、敵になったり味方になったり手段を尽くして牽制しあいながら、大国同士が直接話し合う場の国連の存在が不幸を最小限に留めてきたと信じたい。我が国は70年前の終戦で、米軍の占領下に置かれて以来一貫してアメリカの庇護のもとにあるので、この間の様々な戦争にお手伝いをさせられてきたし、戦争直後に軍隊は持たないと言う憲法まで作ったものの、軍隊同様の自衛隊まで持ってしまった。

ここまでのことも厳密に考えれば文句を言う人もいるだろうが、個人的には町内会費かお祭りの寄付程度に考えて余り気にせずに来てしまった。しかし、先日のプーチン・ロシア大統領のテレビインタビューでの「核攻撃の準備」云々の発言を耳にして、何で彼がいまここでこんな発言をするのか不思議に思い、急に不安に駆られてしまった。一昨年のソチ・オリンピックの頃からアメリカ大統領がソチに行かないとか、G8がロシアを外してG7に戻るとかもあったが、余り気にせずに来てしまったが、米露関係は想像以上に悪化しているかもしれない。

その根本的要因が何であるか理解できないが、どうも一つの要因として経済問題が絡んでいそうだ。経済となるとお金の問題やら資源の問題があって益々迷路に嵌ってしまう。要するに複雑すぎてちっぽけな脳みそではイメージできない。たまたま今月発売の文藝春秋4月号の特集テーマは「見たことの無い戦争が始まった」である。主に中東の動乱を取り上げて、中東の紛争を理解するうえで国家とか国境の持つ意味に疑問を投げかけてもいる。どうも外近年世界で起こり始めている戦争は、中東に限らず国家の意思で制御が難しくなっているのではと心配になってくる。

更にこの特集とは別だが文春の同じ号に、経済学者の水野和夫氏と中野剛志氏の対談で「野蛮な民主主義と資本主義の危機」なる記事がある。他にも東京メトロポリタンテレビが発行している「表現者」(隔月刊誌)の最新号も「民主主義を疑え」を特集している。これも今まで我々が金科玉条としてきた民主主義と資本主義に依る国家運営に疑問呈している。

そこにもってきてのプーチン発言だから余計感じてしまったのだろう。アメリカと言えば随分民主的な国と思いがちだが、アメリカを実際に動かしている権力者はひょっとすると民意を代表するも人達ではないのでは?なんて想像を逞しくしてしまうのだ。根っこにあるのが何であるか分からないが、誰か邪な考えを持つ裏の権力者がロシアに戦争を仕掛けているとすれば恐ろしいことだ。

現在の日本には、戦争のきっかけなんぞ正確にイメージできる人間は現存しないだろう。まさかと思うが、今後アメリカが戦争を始める時には、我が国の貢献は嘗ての町内会費程度で済まぬことだけは現実化しつつある。これまでは、何だかんだと不平を言いながらも、暮らしぶりが向上してきたので、アメリカと一定のお付き合いには目をつぶってきたようなものだ。しかし原爆が飛び交う第3次世界大戦ともなれば、他人事では済まなくなる。

再び我が国が焼け野原になることなんぞ、想像出来る人間はいないのだろうか?かと言って、今更アメリカから離れて中立を宣言しても、誰も相手にしてくれないだろうし。平和ボケは爺個人のことであれば笑い話で済むが、国全体がノンキな父さんでは些か心配にもなる。

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