2014年12月10日水曜日

友を選ばば

何時の頃からか「グローバリズム」なる言葉を頻繁に聞くようになった。経済用語らしいが、グローブは地球を意味するので地球主義とでも解釈すればいいのだろう。昨今の経済活動は1国内で完結するものは殆どあり得ず、全て国外のどこかと関係なしには成立しえないだろうから、仕事をする人にとっては至極当たり前のことだろうと理解していた。ところが最近読んだ雑誌記事の中にこんなことが書いてあった。

「グローバル化とは、資本家や富裕層が行使する政治力の産物に過ぎない。経済行為の潮流などでは決してない。」通産省OBの経済評論家でTPPに強く異を唱えている中野剛志氏の寄稿である。要するに、グローバル化は先進国と途上国の競争を激化させる。その結果先進国の労働者の賃金を下落させ、資本家は利潤を拡大する。因って先進国に於いては格差が拡大する。今の日本はこの弊害をもろに受けている。しかしこのグローバル化は政治現象だから、これに抵抗できるのも政治現象である。との論法になっている。

経済に関する話は、何を聞いても難しすぎてよく分からない。しかし、この記事を読んで全く別のことに考えが及んだ。似た言葉に「インターナショナリズム」がある。我が世代は経済成長真只中で、友人にも国際性豊かな人が大勢いる。小生は機会に恵まれなかった故もあるが、どうも横メシが苦手で国際性が極めて乏しい者であるが、国際性豊かな友人と話していて外国のことに話が及んだ時に思うことがある。「彼等も小生と共通する何かを持っているなぁ。」やはり日本人なのである。

実際に言葉を交わしたことが無いので定かではないが、日産自動車のカルロス・ゴーン氏や社内公用語を英語に切り換えた楽天のオーナー三木谷浩史氏や経済評論家の竹中平蔵氏は、同じ国際派でも我が同期生諸氏とは大分趣を異にするのだろう。彼等のようにグローバリズムの信奉者あることを露わにする人と我が友人の違いを考えてみると、はっきり言えそうなことがある。何か、「アイデンティティ」をどこまで大切にするかではなかろうか。「アイデンティティ」を辞書で引くといろいろな解釈が出て来るが、最もぴったり来たのがこれ「独自性,主体性,本性,帰属意識.」

長野出身の友人が大半だが、信州人は我の強い人間が多そうだ。国際化しても本性を違えない人が多い。だから長い付き合いが出来ている。話したこともないグローバリズム信奉者を「アイデンティティ」喪失者と決めつけるのは些か失礼ではあるが、どうも友達にはなり難そうな気がしてならない。

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