2014年11月23日日曜日

昼の散歩

小春日和が続く結構な連休なのにのどの痛みと鼻の具合がよくならない。実に鬱陶しい。遂に今週はプールを休んでいる。一度休んでしまうと気が抜けたみたいで、もう几帳面にプールに行くのも辞めてしまおうかと思いはじめた。身体の具合が悪いと精神まで弛んできてしまうのだろう。

そんなことより昨夜の長野の地震にはびっくりした。今年は天変地異が多い、昨シーズンに引き続きが雪が多そうなので互いに気を付けようと、つい先日長野の弟やり取りしたばかりである。雪より先に本物の天変地異が長野を襲うとは、来月1日には法事やらでまた長野の山寺に行くことになっているが、墓石がちゃんとしているかも心配である。

婆さんが言うには、国の祀りごとが乱れているので神様が怒っている、だそうだ。老夫婦がそのように感じても、肝心の為政者共は屁の河童だろう。困ったものだ。

引き籠ってネット碁だけで熱くなっていても仕方がないので、気晴らしに六義園を散歩してきた。紅葉も真っ盛りで見事だが、人出も半端でない。やはり外国人が多い。古川庭園なども序でに行こうかと思って出掛けたが、人出に辟易して六義園だけで帰ってきてしまった。元禄時代に幕府側用人柳沢吉保が7年かけて造園し、維新後に三菱の岩崎弥太郎が買い受け、その後東京(府?)に寄付されたと説明書きがあった。

幕府側用人と言えば現代の内閣官房長官だろう。賄賂全盛の時代とは言え、現代の官房機密費年間20億円だったかと大差あるまい。己の下屋敷(約3万坪)に迎賓館を造営したようなものだろう。ふと田中角栄氏の目白御殿を思い出したが、江戸幕府高官や明治維新に生きた経済人のスケールのなんと大きいことよだ。併せて造営した柳沢吉保がここを六義館(むくさのたち)と命名したのは、和歌に因む事のようで、紀貫之が書いた古今和歌集の前文から採用と知ると、往時政府高官の教養の深さが伺えて感無量でもあった。

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