普通の国でなくとも平和な国

ほぼ1週間、連日台風関連のニュースでもちきりである。台風の接近で東京は風が強くなってはいるが、未だそれほどの危険は感じられない。それにしても随分ゆっくりした速度なので、直撃を受けている地方の皆さんは大変な思いだろう。と思っていたら、梅雨前線の影響とやらで信州も大分被害を受けているようだ。南木曽には一度行ったことがあるが、信州と言っても我が故郷の北信濃から見ると別の国のように遠い。小諸は近いので何となく馴染みがあるが、何れにしても、自然災害の被災地がまだら模様になっているのが不思議でならぬ。

世の中は分からぬことだらけであるが、世界が大分きな臭くなってきているようだ。日本の政治家は何を考えて言っているか知らぬが、安全保障環境が急速に悪化していると言う。素直に聞いていると、あたかも中国や北朝鮮が日本に武力攻撃してくる日が迫っているような言い方である。確かに中国は尖閣付近に海公船(海上保安庁と同じ組織)を常時遊弋させているようだし、北朝鮮は日本海に向けてミサイルの発射を繰り返している。

政府は後者の北朝鮮とは、それでも仲良くテーブルについて話し合いをし、ミサイル発射に対して発動した制裁の解除などを公言している。それでもかの国はミサイル発射を止めないのだから舐められたものだ。それを我慢するくらいなら中国とも話し合いのテーブルに着けばいいと思うのだが、テーブルに着いたら尖閣を取られると決まったものでもあるまいし、無条件ではテーブルに着けないと突っ張る考えが理解できない。

何れにしても、我が国をめぐる安全保障環境なんか、誰がどう考えたところで大した問題ではない。国際紛争で重大な局面を迎えているのは、パレスチナ・イスラエルであり、シリア・イラク・イランであり、ウクライナ・ロシアであろう。内戦が深刻化している国もアフガニスタンやアフリカ諸国以外にも沢山あるのだろう。こう言った地域の住民にとっては、安全保障環境の危機なんて言っている場合ではあるまい。

問題は、これらの紛争地帯を作っている人間、或いは国である。小さな国が紛争を起こせるはずがない。資金にせよ、武器にせよ、兵員にせよである。必ずいわゆる大国が裏で糸を引いている。更に絞り込んでいけば、あらゆる紛争の火種をばら撒いているのがアメリカと言う人もいる。勿論紛争が起ればそれを阻止するような風情も見せる。マッチポンプの極みのようだ。これが大国の性かもしれぬが、大国が「普通の国」では絶対にありえない。

そもそも「普通の国」とはいったい何ぞや?最初は小沢一郎氏が使い始めたと記憶するが、首相もかなりお好きなようだ。首相の抱くイメージは軍隊を持つ国が「普通の国」なのだろう。数日前に次の報道がある「14日にフランス政府がパリで開催する革命記念日の軍事パレードに、陸上自衛隊中央即応集団の隊員4人を派遣することを決めた。海外の軍事パレードに自衛隊単独で参加するのは初めてで、日本の国旗を掲げて行進する。防衛省が明らかにした。」

未だ自衛隊は軍隊とはなっていないのに、こう言う事を決める神経からも窺い知るべしである。これこそ我が国の安全保障環境の危機である。

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