2013年12月5日木曜日

読後感「人情裏長屋」山本周五郎著

11の短編小説からなる小冊子で、執筆の年代も戦前の昭和8年から戦後昭和25年にまたがっている。9編は時代小説で2編が現代小説である。著者は明治36年の生まれなので我が父と同世代の人である。多くの著作があるが、その全て少なくとも私が読んだ限りは、日本人固有かどうか分からないが、多くの人が心の内に秘めている人間性、優しさとか正義感、責任感を描かせると天下一品である。時に歴史に名が残っている有名人であろうと、名もない庶民であろうと、読み進むにつれ心打つ思いに不覚にも涙が滲むことが多い。

勿論時代に左右されることも無い。ここに採録されている短編も17年の長きにわたっているし、中に世界大戦をはさんでいるので世の中は激変しているにも拘らず、著者が訴えかけてくることには何の変化もない。日本の社会をより住みやすくしている、或いは家族を含め居心地良く整えているのは「人情」に尽きるとの信念が見事に伝わってくる。著者は若い頃貧乏暮らしで苦労した時代があるとのこと。そのせいでもあるのか庶民を描くと特にその筆致が冴えるようだ。

ここで描かれている主人公達は、長屋に住んでいるような少し落ち目でうらぶれた感じを漂わせている。中には嘗てはかなりの食禄を食んだ高級武士もいるのだが。現代で言えば勤務していた大企業が倒産して落ちぶれたサラリーマン見たい人だろう。或いは駕籠かきとか、いろいろである。兎に角人生には誰しも落ち目になる時もあり、生活環境が変化するのは已むを得ないだろう。しかし幼少時から身に着いた本質は変わらない。

例えば、教養とか武芸なんかもそうであろう。持てる才能をまともに生かしようがない不遇にある侍が、ある時捨て子を拾わざるを得ない局面に遭遇してしてしまった顛末を描いているのが書名になっている「人情裏長屋」である。長屋話だから、脇役にもいろいろ賑やかな登場人物が出てくるし、挿入される逸話も実に面白く構成されている。準主役で登場するお侍も似たような境遇で、再就職を求める姿は現代にも通じるものがある。

人情の核心は話の落ちに繋がるが、親子の情愛を語っている。最近カンヌ映画祭で高い評価を得た「そして父になる」と言う映画がある。観てはいないが、生みの親と育ての親について心理の機微を描いたものと聞く。作者は誰か知らないが、ひょっとするとこの小説にヒントを得たものではないかなと思ったりした。


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