2011年12月22日木曜日

来年は

あまりぱっとしない話題が多い師走だ。テレビの報道を見ても東日本の被災地その後を追うみたい気が重くなる話が多い。就職難は若い人にも及んでいる。高校を出ても大学を出てもまともな就職が出来ない人が多いようだ。両親の健在に甘えているのか、それ以外の方策が無いのか、両親の脛をかじりながらアルバイトでもしていればいい、てな考えの若者は知っている範囲だけでも何人かいる。これは少し問題だ。

来年の事を言えば鬼が笑うが、昨日行ったジャーナリスト田中良紹氏の会で「来年の干支は壬辰(みずのえたつ)、蕾が膨らみ大いに奮い立つ年になるのでは」と話していた。更に言うと今年平成23年の干支は「辛卯」(かのとのう)辛抱と同じ読みで、実が落ちる秋を象徴して地殻のみならず大きな変動がある年だったのだそうだ。

多くの識者が、来年について混迷がさらに深まるようなこと言う年の瀬に、嘘でもいいからこんな話を聴けたのはよかった。こちらは、それこそアルバイトでも探したい年になりそうだが、そんなことはどうでもいい。生きているだけでも有難いようなものだ。田中氏の話は八卦見とは異なり、彼なりに根拠はある。有料の話を余り細かに披露しては具合が悪いかもしれない。

その一つは311の災害で証明された、東北地方の中小企業(部品製造メーカー)の存在と持てる力。これは侮りがたいもので被災で世界中の自動車生産がストップしたことを見ても分かるでしょう。他にも技術力とか農生物の優秀性を示すものは数多い。アメリカが世界に誇る兵器産業でブラックボックスを開示しないからといって悲観するには及ばないようだ。むしろ航空機の製造に関して言うなら、ボーイング社が(878からだったかな)採用した炭素繊維の技術なんぞは日本がブラックボックス化しているのだそうだ。

昨日も書いたが、氏は政治の混迷についてもあまり悲観主義に立った見方をしていない。民主主義の手続き上やむを得ないとやや突き放しているようにも感じた。マスコミについても嘘八百を並べ立てるのは仕方がない。もとは言えば民権運動、反権力から出発している新聞が、すぐに権力にすり寄ってしまったのは全て金力、吸い寄せられてしまうのは本能的なもの。せめて、皆さんがそういう事を知って見たり読んだりしてほしい。

会の参加者は残念ながらご同輩が多いのはやむを得ないのだろうが、参加してよかった。来年は落ちた実が再び妊娠するがごとく膨らみ、若いエンジンが始動して、日本が全体的に元気を取り戻すことを祈りたい。

2 件のコメント:

DonKoba さんのコメント...

年の瀬を迎え、来年に期待するのは例年通り。若い橋本大阪市長の霞が関荒らしは快挙と言える。彼の「地方分権」に向けた具体的な政策と報道陣を呼び寄せて自分の主張を堂々と公開していくやり方は、閉塞感に風穴を開けてくれそうだ。文部科学大臣とのやりとりで、地方の首長が教育に口を出すことをなぜ認めないのかと迫っていた。今後、石原都知事と共同戦線を張り、条例で地方での教育に首長の考えを反映させたいと明言していた。霞が関主導の教育は限界にきているからだ。戦後の大量生産時代までは、画一的な教育方針でかなりの成果を収めたかも知れない。しかし、グローバ化時代の現在、自由で独自の価値観をベースに創造性を発揮すべき時、霞が関の役人の価値観が優先される状況ではないのかも知れない。地方には地方の独自性があるはずだというのが、橋本氏の主張の背景にあるようだ。

senkawa爺 さんのコメント...

Donkobaさん
コメントをありがとうございます。
東京への一極集中が目に余る中、橋本氏の活躍は一服の清涼剤のようにも感じます。地方における二重行政の無駄が指摘されますが、よくよく考えると二重どころか三重以上の無駄が積み重なっています。

以下は夢物語です。
都道府県を廃止、江戸時代と同じ300藩体制にして中央政府機能は外交・防衛だけに限定が実現できれば面白いでしょう。江戸時代と異なるのは日本国民なり企業は済みたい藩を自由に選べることです。当然教育は基礎の基礎ですから、藩ごとに独自の学制なり藩校を設ける事になるでしょう。