2011年7月7日木曜日

先人の教え

政治の世界でリーダー不在論が長く続いている。誰が見ても現総理が指導力を発揮しているとは思えないだろう。でもひょっとすると、菅総理は内閣に対して指導力を発揮していると勘違いしている節が伺える。国家国民にとっては不幸な事だ。総理は若い頃、市民運動家である市川房枝女史のもとで修業されたらしい。残念ながら市川さんの人となりについては何も知らないので、当時菅さんがどんな事を学んだか想像できないのが残念である。

市川さんの経歴をざっと参照すると、明治26年生まれとあるから小生を最も可愛がってくれた祖母(明治20年生)と年齢的には大差ない。我が祖母は市川さんと異なり女学校だけしか出ていなかったが、武士の娘らしい見識と立ち居振る舞いの尊敬すべき女性で、幼少に刷り込まれた祖母の教えは、今でも小生の脳裏に深く刻まれている筈だ。

深く刻まれていると言っても、直ぐ思い出すのは「仏壇にお参りをしなさい」とか「呼ばれたら返事だけは直ぐしなさい」「嘘は泥棒の始まり」「他人をだまして得しようなんて考えてはいけません」と平凡な事ばかりだ。何れも小生がずるをしたり、いたずらをしたり、言い訳をしたりした時に、厳しく刷り込まれたものだろう。過ぎたるは何とかとか、長幼自ずから序ありなんて俚諺も殆ど祖母に教わったものだろう。

こういった幼い頃の教えが、その後人生でどんなに役立ったかと言う事ではなく、性格を形作る大きな要素にはなっているだろう。今でも何か困難な現象にぶつかると不思議に祖母を思いだす。それだけでも幼い頃教わった事は有難い。

菅さんが市川さんの周辺で過ごしたのは大学も終わろうとう頃合いだろうから、そんな人間としての基本を諭される事は無かったろう。しかし昭和生まれの菅さんから見れば明治生まれの市川さんには学ぶ事が沢山あって当然だ。しかし最近の総理の言動からは、善き先人の教えを受けた雰囲気が全く感じられないのは誠に残念な事だ。

政治家の場合は特にだが、誰しも若かりし日に謦咳に触れた指導者の影響を強く受けるのが普通だ。田中角栄氏に育てられた政治家は皆共通点があるし、対する池田、前尾、大平、宮沢氏の宏池会系で登りつめた人達、福田さんの清和会系(小泉氏だけは別)総理にも共通項が必ずある。そして宰相になろうと言う人は必ずと言っていいくらい、宰相級の人物のもとで修行している。民主主義国家のトップリーダーにはどんな人が望ましいか、小生には分からない。

省みれば1993年、もう20年近くも昔の事になってしまう。小沢一郎が自民党を飛び出して細川政権を作って以来、それまでのように現役宰相のもとで総理の勉強をせずに総理になってしまったと思われる人物が何代も総理の座についている。当然これからは益々だ、総理としての作法もあったものではない。一人菅さんだけの問題ではなく、今後は総理なるつもりもなかった人が弾みで総理なる可能性は大いにある。勿論、自民党だって同じだ。小泉純ちゃんが派閥をぶっ壊したので、総理なるために研鑚を積む集団は既に無い。

急に自民党の派閥政治と権力闘争がが懐かしくなった。

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